松下順一
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1957年7月30日生まれ埼玉県川口市に生まれ東京都世田谷区尾山台にて育ち、1975年3月駒場学園高校卒業、1978年アパレルメーカー、プレイロード入社、1981年同社専務取締役。これまでに制作した映画は300本以上になる。[1]

松下エージェンシーを1986年に創業。1990年10月には、「松下エージェンシー」の映像制作部を分社化する形で「松下プロモーション」を設立。邦画の製作や洋画の買い付けなど映画ビジネスを全般的に取り扱いつつ、ブルース・リー主演の「死亡的遊戯」の制作や香港映画の製作[3]などアジア中心に海外を基盤とした事業を行っている。
ブルース・リーの世界的な研究家でも知られており、「人間ブルース・リー」の愛称として知られている。[4]
また、俳優養成所(アートポートアクターズ・クラブ)の運営、子会社「アートポートインベスト株式会社」にて不動産事業も展開している。
略歴
- 1978年 - アパレルメーカー、プレイロード入社
- 1981年 - 同社専務取締役
- 1986年 - 株式会社松下エージェンシー(現株式会社アートポート)を設立
- 1988年 - オーイーエム株式会社主催の「Impromptus und Moments musicaux」にてピアノソロコンサートを後援
- 1990年 - 株式会社松下プロモーションを設立
- 1990年 - 映画「エスセルスリー」をフィリピンにて撮影

1991年 - 映画「ブローバック2夕陽のギャングたち」をフィリピンにて撮影
- 1992年 - エポック社バーコードバトラーゲーム音楽の制作
- 1992年 - 映画「ダーティーブルー」をフィリピンにて撮影
- 1995年 - 阪神大震災チャリティーボクシング「ワールドドーリムビッグマッチ」にて、世界的チャンピオンを多数召喚したチャリティーイベントを、松下プロモーションと松下エージェンシーとして後援

2000年 - ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2000に株式会社アートポートとして後援
- 2004年 - アートポートにおいて、円谷映像を傘下にして円谷エンターテイメントを設立[5]
- 2013年 - アートポート不動産にて、三菱地所レジデンスやサンヨーホームズなどを巻き込んだ大規模開発を行う[6]
- 2013年 - アートポート不動産にて、伊藤忠商事や長谷川コーポレーションに対して大きな売買実績を出す[2]
- 2013年 - 「ブルース・リー トレジャーブック」を販売し、世界的ブルス・リー研究家として貴重な資料レプリカを収録本を出版[7][4]
- 2015年 - アートポート不動産株式会社をアートポートインベスト株式会社へ社名変更を行い、投資家としての領域を広げていく
- 2023年 - 幻冬舎より「マーチャントマン 誰でもわかる開運・道徳本」を出版し、マーチャントマンのテーマソングやLINEスタンプ等、タイアップやグッズ販売など、積極的なマーチャンダイジング展開を行う[8][9]





