松山銀天街
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松山銀天街(まつやまぎんてんがい)は、愛媛県松山市の中心市街地である湊町3丁目から4丁目にかけて東西方向のアーケード商店街である。松山中央商店街の一部。
松山銀天街の東端と接し、南北方向に伸びる商店街である大街道商店街とともに松山市を代表する中心商店街である。西端はまつちかタウンや伊予鉄髙島屋を経由し伊予鉄道の松山市駅に連なっている。業種構成としては、1970年代頃までは生地店が多かったが、現在では衣料品店、身の回り品店、雑貨店、化粧品店が比較的多く、時計・貴金属店、呉服店、飲食店などもある。
書店が複数店舗あったが、丸三書店は2009年11月25日に閉店[1]。明屋書店松山本店は建物の老朽化に伴い2022年2月20日に閉店[2][3]、店舗があった建物が壊されている。
松山を代表する老舗店も多い反面、移り変わりの激しい店舗もあり、全国ブランドのFC店舗の進出もみられる[4]。
東端近くにはかつてニチイがあり、後に食品スーパーマーケット他の複合店舗「GET」として営業していたが閉店している。この東側でアーケードが大街道と接続し、L字状になっていることから、L字地区と呼ばれ、かつては大規模な再開発の構想があった。商店街組合は、東西で2つに分かれている。
1975年に松山市が再開発基本計画を発表[5]。地上12階、地下3階の大型ショッピングビルを目玉に憩いの場を設置し2年後の完成を目指したが、流通情勢の変化により実現しなかった[5]。
1988年には四国日本信販がL字地区の大部分の用地約3500㎡を取得[6]。当初、四国日本信販は駐車場を造る予定であったが、銀行からニチイ出店の話が持ち掛けられ、1990年に四国日本信販と地元地権者らが「L字地区再開発協議会」を設立[6]。同年10月にはニチイがビブレをL字地区に出店すると正式表明した[7]。松山ビブレは地上8階、地下1階のメーンビルなど3棟からなり、店舗面積は18,000㎡を予定[7]。1995年9月のオープンを予定していた[7]。しかし、1993年からバブル崩壊のあおりを受けて土地問題などが進まず交渉が低迷[7]。1996年にマイカルがL字地区の再開発計画からの撤退を表明し、1997年1月にはマイカルが愛媛県に対してビブレの出店取り下げを正式に申請した[8]。

2015年5月には地元勉強会を基に地権者約180名の半数が参加する「松山銀天街L字地区再開発全体協議会」が発足[9]。10区画をA、B、Cに分け、それぞれ地権者の同意を得て順次再開発に着手する事となり、2017年4月にはC街区(松山銀天街GET!周辺の1万500㎡)の再開発を行う「湊町三丁目C街区地区市街地再開発準備組合」が設立された[10]。店舗や立体駐車場(650台)が入る9階建ての駐車場・商業棟と8階建てのオフィス棟、13階建ての住居棟(77戸)を建設し、東西に走る市道をなくし広場や公園も設置する計画となっており、2020年度夏着工、2021年度末の完成を目指していた[10]。再開発準備組合では2018年時点で国と地方(市・県)からの補助金は計64億円と見込み、大型複合施設案を策定していたが市から提示された見込み額は最終的に上限50億円とされ、減額を受けて組合では計画内容を修正[11]。2024年時点の計画では、住宅棟は19階建ての板状型マンション(224戸)、商業棟は駐車場(467台)、店舗スペース約2700平方メートル、公益スペース約1600平方メートルの整備を予定していた[11]。2024年には地区全体の4割の土地面積を保有する大口地権者が現計画の白紙撤回を要請した[11]。