松平忠祇
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略歴
元文3年(1738年)11月11日(または享保20年(1735年))、島原藩主・松平忠刻の長男として誕生。寛延2年(1749年)4月に父が死去したため[3]、7月13日に家督を継いだ。しかし直後の7月23日、幕命により下野宇都宮に移封となった[3]。宝暦元年(1751年)12月28日に従五位下・主殿頭に叙位・任官する。宇都宮藩内では忠祇の出した命令が原因で宝暦3年(1753年)9月13日に籾摺騒動が発生した。
宝暦12年(1762年)9月、病気を理由に弟で養子・忠恕に家督を譲って隠居する[3]。12月18日に大炊頭に遷任する。

安永4年(1775年)になって、松平家は再び島原に復帰している。享和元年(1801年)9月14日に死去した。享年64(または67)。