上冷泉家当主冷泉為則の五男為成(文政8年6月15日生、明治6年6月1日没)は、天保5年(1834年)に幼くして奈良興福寺に入れられて松林院住職となったが、明治元年(1868年)に勅命により復飾し、翌2年に堂上格を与えられて一家を起こして松林を家号とした。
明治6年6月1日に為成が死去し、幼少の一人息子為美(明治5年2月12日生)が家督相続。
為美は、明治8年に華族に列し、明治17年(1884年)7月7日の華族令施行で華族が五爵制になると、男爵に叙された。
しかし負債を抱えて経済的に困窮したため、明治29年(1896年)5月10日に爵位を返上した[注釈 1]。
為美に子供はなかった。