松田正之
日本の政治家 (1892-1976)
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経歴
東京府出身。有馬頼萬の三男として生まれ[1]、松田正久の養子となる[3]。養父の死去により、1915年9月1日、男爵を襲爵[4]。学習院を経て、1916年7月、京都帝国大学法科大学政治学科を卒業。1917年3月、帝室博物館属となり、1920年6月まで在任[3]。
1920年10月、高等試験行政科試験に合格し、同年11月、逓信局書記兼逓信属となる。以後、同事務官、地方海員審判所審判官兼逓信局事務官、兼逓信省事務官などを歴任。1923年4月、拓務事務局書記官兼内閣書記官に転じた。その後、内閣拓殖局書記官、拓務書記官・管理局第一課長を務め、1931年11月に辞職[3]。1932年2月、南洋庁長官に就任。1933年8月、朝鮮総督府専売局長に転じた。1934年11月、依願免本官となり退官した[3]。
1934年12月8日、貴族院議員補欠選挙に当選し、貴族院男爵議員に就任し[5]、1947年5月2日の貴族院廃止まで在任した[6]。この間、小磯内閣外務政務次官などを務めた。
その他、昭和鉱業監査役、水産化学工業監査役、アマゾニア産業監査役、南洋アルミニューム会長などを務め[2]、第二次世界大戦後は東京慈恵会理事、東京慈恵会医科大学理事を務めた[7]。