松田翔太 (野球)
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経歴
小学3年時から北摂ドリームス小学部で本格的に野球を始め、箕面市立第二中学校では北摂ドリームスで投手として活躍。高校入学直前に一度は野球を辞めることを考えたが、石川県の金沢学院東高に野球留学することを決めた[2]。
高校時代は、1年夏からベンチ入りした。高校2年生だった2007年の高校野球石川県予選で、チームを創立初となるベスト4に導く活躍を見せた。また9連続奪三振を記録した。2008年の高校野球石川県予選はベスト8に終わったが、大会屈指の左腕として注目を集めた。
周囲からは大学進学を勧められたが、「夢だった世界に入りたい」という思いから、2008年9月15日に大野練習場で行われた入団テストを受験。合格には至らなかったがスカウト陣がセンスを惚れ込み、育成枠の候補としてあげられた(この時唯一合格したのが4位に指名された申成鉉)。他にもロッテ・日本ハムの入団テストを受けていた。ちなみにロッテの入団テストには日生学園第三高(現・自由ヶ丘)の山林芳則と一緒に受けている。これらの経緯で、2008年10月30日のドラフト会議で広島東洋カープから育成選手として指名を受けた。
2009年シーズンは、二軍で10試合に登板するも防御率7.15、2010年シーズンは二軍で10試合に登板し防御率5.23であった。
2011年シーズンも二軍で16試合に登板し防御率4.09であった。同年10月13日に戦力外通告を受けた[3]。11月7日、自由契約公示された。なお、オフには12球団合同トライアウトを受けた。
2012年2月、BCリーグの石川ミリオンスターズからドラフト指名を受け、2月27日入団発表された[4]。登録名は「翔太」。オフにはBCリーグからの派遣でコロンビア・ウインターリーグに参加した[5]。
2013年7月25日に福井ミラクルエレファンツへ移籍[6][7]。登録名も本名に戻すことになった。
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別投手成績
- 一軍公式戦出場なし
独立リーグでの投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 完 投 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012 | 石川 | 29 | 1 | 7 | 7 | 0 | .500 | 472 | 107.0 | 108 | 7 | 48 | 7 | 71 | 4 | 0 | 65 | 50 | 4.21 | 1.46 |
| 2013 | 10 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | 68 | 13.0 | 16 | 0 | 11 | 2 | 7 | 0 | 0 | 15 | 13 | 9.00 | 2.08 | |
| 福井 | 15 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 60 | 15.0 | 13 | 2 | 5 | 0 | 14 | 0 | 0 | 3 | 3 | 1.80 | 1.20 | |
| '13計 | 25 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | 128 | 28.0 | 29 | 2 | 16 | 2 | 21 | 0 | 0 | 18 | 16 | 5.14 | 1.61 | |
| 2014 | 30 | 0 | 3 | 2 | 0 | .600 | 279 | 61.1 | 71 | 3 | 26 | 3 | 37 | 3 | 0 | 35 | 30 | 4.40 | 1.59 | |
| 通算:3年 | 84 | 1 | 10 | 11 | 0 | .476 | 879 | 196.1 | 208 | 12 | 90 | 12 | 129 | 7 | 0 | 118 | 96 | 4.41 | 1.52 | |
背番号
- 123 (2009年 - 2011年)
- 14 (2012年 - 2013年途中)
- 38 (2013年途中 - 2014年)
登録名
- 松田 翔太 (まつだ しょうた、2009年 - 2011年、2013年途中 - 2014年)
- 翔太 (しょうた、2012年 - 2013年途中)