柳亭こみち
From Wikipedia, the free encyclopedia
Ryûtei Komichi | |
| 本名 | 旧姓:高橋 |
|---|---|
| 別名 | 吾妻 春美(日本舞踊吾妻流) |
| 生年月日 | 1974年12月10日(51歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 七代目柳亭燕路 |
| 弟子 | 柳亭ちょいと |
| 名跡 | 1. 柳亭こみち (2003年 - ) |
| 出囃子 | 供奴 |
| 活動期間 | 2003年 - |
| 活動内容 | 落語家 |
| 配偶者 | 宮田昇 |
| 家族 | 谷晃(母方の祖父) |
| 所属 | 落語協会 |
| 公式サイト | こみちの路 |
| 受賞歴 | |
| 2013年 第1回うらわ落語選手権 優勝 2024年 第2回水戸みやぎん寄席大賞 | |
柳亭 こみち(りゅうてい こみち、1974年12月10日 - )は、落語協会所属の落語家[1]。出囃子∶供奴、紋∶変わり羽団扇[1]。
東村山市立南台小学校から富士見小学校(新設校に6年生で転入)[2]、東村山市立第一中学校[2][3]、東京都立国分寺高等学校を経て、早稲田大学第二文学部卒業[4]。
大学卒業後は出版社に勤務し社会人を経験した後[5]、入門に備えて弱かった扁桃腺を切る手術を受け[6]、2003年(平成15年)に七代目柳亭燕路に入門する[1]。前座名は大師匠小三治の「小」、師匠燕路の「路」を合わせ「こみち」。2006年(平成18年)11月、二ツ目に昇進[1]。
2010年(平成22年)1月、お笑いコンビ「宮田陽・昇」の宮田昇と結婚[7]。2013年(平成25年)5月に長男が誕生し、2015年(平成27年)12月には次男が誕生。出産直前まで高座に上がり、出産後すぐ高座復帰している[8]。
2003年入門の同期、古今亭文菊・柳家小八・三遊亭ときん・鈴々舎馬るこ・五代目桂三木助・二代目古今亭志ん五・古今亭駒治・柳家小平太・柳家勧之助との10人で、「TEN」というユニットを組んでいた[9]。
芸歴
演目
人物
母方の祖父は俳優の谷晃。
踊りが得意で、急遽休演になったホンキートンクの代演で高座をつとめたことがある。2023年12月、鈴本演芸場昼席の膝替わり前で『紙入れ』を演じた際にサゲで噛んでしまい、高座に残って即興で『かっぽれ』を披露し観客に謝罪した[11]。
真打昇進時に七代目柳家つばめを名乗るプランがあったが、六代目の息子である十一代目柳家小きんに断られた。
弁財亭和泉と仲がいい。「ちょっと立ち話を」のつもりで2時間も話していたこともある。
夫である宮田昇が落語芸術協会に所属しているため「寄席の楽屋で芸協のスパイと呼ばれている。」と高座でネタにしている。
2025年春から初めて弟子を採った。20代後半の男女1名ずつであった[12]。このうち、一番弟子のちょいとは2026年3月上席から前座として楽屋入りしたが、二番弟子のこの子は健康上の理由から楽屋入りが難しいと判断し、廃業となった[13]。