柳沢保承
日本の実業家、政治家 (1888-1960)
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経歴
伯爵・柳沢保申の長男として生まれ、義兄柳沢保恵の養子となる[1][3]。養父・保恵の死去に伴い1936年(昭和11年)6月15日、伯爵を襲爵した[1][4]。
1914年(大正3年)京都帝国大学法科大学を卒業[2][3]。1921年(大正10年)私立大阪信愛高等女学校講師となる[2]。以後、柳沢統計研究所総裁、日本錫工業取締役会長、太平洋海上火災保険取締役などを務めた[2][3][注釈 1]。
1939年(昭和14年)7月10日、貴族院伯爵議員に選出され[6][7]、研究会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。その他、大礼使典儀官、商工省委員、軍需省委員などを歴任した[2]。