東京都道・千葉県道501号王子金町市川線
東京都と千葉県の道路
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概要
歴史
路線状況
別名・愛称
支線
旧江戸川橋梁
2022年度(令和4年度)に東京都・千葉県を事業主体として「旧江戸川橋梁(仮称)新設事業」が事業化され、国補助事業として旧江戸川で分断されていた東京都江戸川区江戸川1丁目 - 千葉県市川市押切の間が橋梁により結ばれる予定である。都県境となる江戸川橋梁部は千葉県が担当する。2031年度(令和13年度)の事業完了が想定されている[9][10]。
柴又新道口交差点付近の立体交差化と旧・小岩陸橋
本路線の柴又新道口交差点(東京都江戸川区北小岩)周辺は、周囲の住宅地と比較して標高が高い微高地(丘状)となっている。これは江戸川の自然堤防に由来する地形であることに加え、かつて存在した総武本線との立体交差(跨線橋)のアプローチ道路(盛り土)の遺構である。
大正から昭和初期にかけて、小岩から柴又帝釈天方面へ結ぶ新道(のちの柴又街道)が整備された際、当時の地上を走る総武本線との踏切渋滞を解消するため、1941年(昭和16年)8月1日に総武本線を跨ぐ「小岩陸橋(跨線橋)」が竣工した(土木学会附属土木図書館『歴史的鋼橋集覧』「小岩陸橋(旧・総武本線跨線橋)」データによる。)。この陸橋は橋長24.6メートル、幅員6.5メートルの下路鈑桁橋であり、東京府(当時)によって発注された(同上。)。この際、陸橋へアプローチするために柴又新道口交差点付近に大規模な盛り土がなされた[11]。
その後、国鉄総武線の複々線化および高架化事業に伴い、地上の線路を跨ぐ構造であった小岩陸橋は撤去されることとなった。1970年(昭和45年)7月に跨線橋の取り壊しが行われ、同時に周辺の約3,000立方メートルにおよぶアプローチ部分の土砂が掘削・搬出された(『江戸川区のお知らせ』第145号(1970年6月1日発行)1面「小岩陸橋のとりこわし計画が進展」より[12]。)。
この工事により陸橋自体は現存せず、現在の柴又街道は総武線の高架下をくぐる構造に改められたが、交差点周辺の基礎的な盛土(土塊)の一部は削られずに残された。そのため、現在の柴又新道口交差点付近は、蔵前橋通り(千葉街道)から総武線高架下へ向けて下る斜面の途中に位置する、不自然な高台状の地形として当時の名残を留めている。
地理
通過する自治体
交差する道路
| 交差する道路 | 交差点名 | 所在地 | ||
|---|---|---|---|---|
| - | 東京都 | 北区 | ||
| 東京都道306号王子千住夢の島線(明治通り) | 溝田橋 | |||
| 東京都道449号新荒川堤防線 | 足立区 | |||
| 東京都道58号台東川口線支線(江北橋通り) | 東京都道450号新荒川葛西堤防線 | 江北橋東 | ||
| 東京都道106号東京鳩ヶ谷線 | 本線 | |||
| 東京都道58号台東川口線(尾久橋通り) | 江北4丁目 | |||
| 東京都道318号環状七号線(環七通り) | 西新井1丁目 | |||
| この間重複区間につき省略→東京都道318号環状七号線を参照 | ||||
| 東京都道318号環状七号線(環七通り) | 大谷田橋 | 東京都 | 足立区 | |
| 東京都道67号葛飾吉川松伏線 | 本線 | 水元5丁目三差路 | 葛飾区 | |
| 東京都道471号金町線 | 本線 | 東金町4丁目 | ||
| 金町広小路 | ||||
| 金町3丁目 | ||||
| 支線 | 柴又帝釈天前 | |||
| 東京都道60号市川四ツ木線(蔵前橋通り) (東京都道315号御徒町小岩線) | 柴又新道入口 | 江戸川区 | ||
| 東小岩4丁目 | ||||
| (篠崎街道) | ||||
| 東京都道450号新荒川葛西堤防線 | ||||
| (この間事業中) | ||||
| 千葉県道6号市川浦安線(行徳街道) | (行徳街道) | 押切 | 千葉県 | 市川市 |
| 千葉県道6号市川浦安線(行徳バイパス) | 行徳駅入口 | |||
| (行徳駅前通り)行徳駅・ | ||||
重用区間
- 東京都道450号新荒川葛西堤防線:江北橋東交差点 - 江北二丁目付近
- 東京都道318号環状七号線(環七通り):西新井一丁目交差点 - 大谷田陸橋交差点
- 国道6号(水戸街道):金町広小路交差点 - 金町三丁目交差点
- 千葉県道6号市川浦安線(行徳駅前通り):押切交差点 - 行徳駅入口交差点


