栃木女性教師刺殺事件
1998年に栃木県で発生した、生徒による教師刺殺事件
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事件の経緯
1998年(平成10年)1月28日午前、栃木県黒磯市内の中学校に登校した加害少年は、2時間目の国語の授業が終わると保健室に行った。朝から気分が悪かったためとしたが、養護教諭が体温を測定しても異常がなかったため、教室に戻るように促した。
3時間目は、彼が科目も担当の女性教諭も嫌いな英語の授業だった。教室に戻る途中にトイレに寄って友人と雑談していたため、およそ10分ほど遅れて教室に入り、教諭から注意された。その後ノートを開いたと思うと、芯を出さないままシャープペンシルで何か滅茶苦茶にノートに書き、ノートを破り捨てた。さらに席が近い友人の生徒に漫画の話をしていたため、教諭に再び注意を受けた。少年は教師を眼光鋭く睨み付けたが無視された。プライドを傷つけられたと解釈した少年は、授業が終わる寸前「ぶっ殺してやる!」と口走った。友人は「やめろ、殺すな」と制止した。
授業終了後、教諭は授業中に会話を交わした少年と友人を廊下に呼び出して注意を与えたが、少年との間で交わされた応酬は以下のようなものだったとされる。
- 教諭「先生、何か悪いこと言った?」
- 少年「言ってねえよ!」
- 教諭「言ってねえよという言い方はないでしょう?」
- 少年「うるせぇな!!」
こう言うと少年はバタフライナイフを右ポケットから取り出し、教諭の左首筋に当てた。これに対し教諭は「あなた、なにやってるのよ!」とひるむことなく発した。
直後、少年が「ざけんじゃねえ!」と叫ぶと少年は教諭の腹部にナイフを突き刺した。
「ギャーッ」と教諭の悲鳴が廊下に響いたが、さらに胸、背中と少なくとも7ヶ所を刺された。少年は最初に腹部を刺したところまでは覚えているが、後は夢中で覚えていないと供述している。なおも少年は倒れこんだ教諭の身体を内臓が破裂するほど蹴り続けたが、これに驚いた友人の通報で隣の教室から飛び出してきた別の教諭に取り押さえられ、通報で駆けつけた警察に補導された。
教諭は直ちに病院に搬送されたが、すでに心肺停止状態で、1時間後に出血多量による死亡が確認された。胸に刺された一突きが致命傷だったと思われる。凶器のバタフライナイフは、2,3週間前に黒磯市で買ったものだった。
対応
県警黒磯警察署は少年を殺人と銃刀法違反の非行事実にて補導した。県北児童相談所は少年を宇都宮家庭裁判所に送致し、少年法に基づいて児童自立支援施設(旧・教護院)に送致する保護処分を下した。
遺族は1999年4月、宇都宮地方裁判所に1億3800万円の損害賠償を求めて少年の両親を提訴[1]。原告側は、少年に責任能力は無く、賠償責任は両親が負うべきと主張した[1]。被告側は、少年に不法行為の責任能力は無かったとは言えず、現場にいなかった両親に監督義務はないとして、請求棄却を求めた[1]。2004年9月15日に同地裁は少年の責任能力を認め、少年の両親にも共同不法行為責任があると認定し、8200万円の賠償命令を下した[1]。