桓公 (魯)

From Wikipedia, the free encyclopedia

桓公(かんこう)は、春秋時代の第15代君主。名は允、または軌。恵公の子で、隠公の弟。

国名
在位期間 前711年 - 前694年
都城 曲阜
姓・諱 姫允、または姫軌
概要 桓公 姫允, 国名 ...
桓公 姫允
第15代公
国名
在位期間 前711年 - 前694年
都城 曲阜
姓・諱 姫允、または姫軌
諡号 桓公
生年 不詳
没年 桓公18年4月10日[1]
前694年4月14日
恵公
仲子
后妃 文姜
閉じる

生涯

恵公の正夫人の仲子から生まれて、太子に立てられたが、恵公が世を去ったときにはまだ年が幼く、そこで異母兄の姫息姑(魯の隠公)が即位して摂政した。

隠公11年(紀元前712年)に魯の隠公が殺された後、翌桓公元年(紀元前711年)に即位。18年の在位の間、賢臣として知られる公族の臧孫達(臧哀伯。孝公の孫)を登用して魯を治めるが、桓公18年(紀元前694年)に斉国で不慮の死を遂げてしまう。

春秋左氏伝』の記載によると、桓公が夫人の文姜とともに斉国を訪問したとき、斉の襄公(姜諸児)が文姜と姦通した(文姜は襄公の妹であった)。それを知った桓公は、文姜と襄公を指弾するが、逆に襄公の怒りを買ってしまい、同年夏4月10日、襄公が桓公の馬車に同乗させた公子彭生によって、桓公は車上で暗殺された[2]。これに憤激した魯国が斉国に圧力を加えると、襄公は公子彭生に全責任を押し付けて処刑し、責任を回避した。

家庭

父:

母:

  • 仲子

兄弟:

  • 隠公姫息姑
  • 姫尾(字は施父)
  • 紀伯姫
  • 紀叔姫

子女:

  • 荘公姫同
  • 慶父(孟孫氏(仲孫氏)祖、共仲)
  • 叔牙(叔孫氏祖、僖叔)
  • 季友(季孫氏祖、成季)

紀年

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI