森為三

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生誕 (1884-06-01) 1884年6月1日
日本の旗 日本
兵庫県飾磨郡荒川村
(現・兵庫県姫路市
死没 (1962-07-17) 1962年7月17日(78歳没)
日本の旗 日本
兵庫県神戸市
研究分野 動物学魚類学
森 為三
(もり ためぞう)
人物情報
生誕 (1884-06-01) 1884年6月1日
日本の旗 日本
兵庫県飾磨郡荒川村
(現・兵庫県姫路市
死没 (1962-07-17) 1962年7月17日(78歳没)
日本の旗 日本
兵庫県神戸市
出身校 東京帝国大学附設第一臨時教員養成博物科
学問
研究分野 動物学魚類学
研究機関 京城第一高等普通学校
京城帝国大学
兵庫県立医科大学(旧制)
兵庫県立農科大学
武庫川学院女子大学
学位 理学博士京都帝国大学・1936年)
称号 兵庫農科大学名誉教授(1957年)
学会 日本動物学会
兵庫県生物学会(1947年発足、初代会長)
主な受賞歴 朝鮮文化功労賞(1941年)
兵庫県文化賞(1958年)
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森 為三(もり ためぞう、旧字体森 爲三1884年6月1日 - 1962年7月17日[1])は、日本動物学者

1884年兵庫県姫路市生まれ[1]。1909年4月、併合前の韓国に招碑されて官立漠城高等学校の教授となった[2]。森は1924年5月まで15年にわたってこの学校に勤続したが、この間に漠城高等学校の校名は1911年11月京城高等普通学校、1921年4月京城第一高等普通学校と変遷した[2]。1924年5月に京城第一高等普通学校教諭を依願退職し、1925年4月30日京城帝国大学予科教授に任じられたが、この間の11ケ月間公務員としての空白期間がある[2]。京城帝大関係の韓国側資料に、「森は農林専門学校出身[注釈 1]なので学士の資格がなく、初めは講師であった」[3]とあることから、この11ケ月の間、森は京城帝国大学予科の講師を務め、その後教授に正式採用されたと考えられている[2]。1946年5月31日京城帝国大学予科教授を勅令(ポツダム命令)により自然退官[1]

1936年、学位論文:「Studies on the geographical distribution of freshwater fishes in eastern Asia(東亜に於ける淡水魚類の地理的分布に就ての研究)」)を京都帝国大学に提出して理学博士号を取得[4]1962年逝去[5]

受賞・栄典

  • 1941年 - 朝鮮文化功労賞(朝鮮総督府より授与)[1]
  • 1951年 - 兵庫県教育功労賞
  • 1958年 - 兵庫県文化賞[6]
  • このほか戦前から戦時中にかけて数次にわたり叙勲の都度に上位の等級となる瑞寶章の授与ならびに叙位があった[1]
  • 1962年 - (死没に伴い)叙勲二等授瑞寶章、位一級追陞(故四位森為三)。

研究内容・業績

  • 京都大学理学部大津臨湖実験所(現在は生態学研究センター)には森為三ほかによって集められた日本、韓国、台湾、中国本土から集められた淡水魚の小さなコレクションがある。
  • 珍島犬の調査を行っている。

著作

脚注

関連項目

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