1940年(昭和15年)の紀元2600年(皇紀2600年)を記念し、1942年(昭和17年)に登場した戦前製最後の新造である3扉ボギー車。堺市の木南車輌での製造されたこともありこれまでの横浜市電の車輌とは一線を画すスタイルであった。登場時は2600型と名乗り1200型に改称されたのは戦後である。1970年に形式消滅。その後、辻堂海浜公園で1201が、本牧市民公園に1205が横浜駅前電停留所標識と共に、静態保存されていたがいずれも海風漂う露天で傷んで行き、撤去され現存しない。1201はのちに川崎埠頭でしばらく遺棄され、跡地には小田急2200形電車が(また後には小田急2600形電車が)、1205の跡地には国鉄高島駅 (神奈川県)の横浜機関区にあった転車台と車重秤の機器と、隣接するテニスコート用スプリンクラーの貯水タンク機能を改造して取り付けた国鉄D51形蒸気機関車の、いずれも引き続き露天で静態保存されている。