横浜関帝廟
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座標
北緯35度26分32秒 東経139度38分39秒 / 北緯35.442282度 東経139.6441905度座標: 北緯35度26分32秒 東経139度38分39秒 / 北緯35.442282度 東経139.6441905度
種類
関帝廟
開場
1862年
| 横浜関帝廟 | |
|---|---|
| よこはまかんていびょう | |
|
関帝廟の正面 | |
| 座標 | 北緯35度26分32秒 東経139度38分39秒 / 北緯35.442282度 東経139.6441905度座標: 北緯35度26分32秒 東経139度38分39秒 / 北緯35.442282度 東経139.6441905度 |
| 所在地 | 神奈川県横浜市中区 横浜中華街 |
| 種類 | 関帝廟 |
| 開場 | 1862年 |
| 献納 | 関帝(関羽) |
| ウェブサイト |
yokohama-kanteibyo |
横浜関帝廟(よこはまかんていびょう)は、神奈川県横浜市中区の横浜中華街にある関帝廟。関帝(神格化された関羽)を祀っており、主に商売人の守り神として崇敬を集めている。
1859年に横浜が開港して、外国人が居留地の関内(現在の山下町)に住むようになると、主に商人や職人として来日した中国人により、徐々に中華街が形成された。1862年には関聖帝君(関帝)の木像を祀る小さな祠が中華街に建立された。1871年には、関東地方の華僑たちの寄付により本格的な関帝廟が建設されて、1886年に拡張、1891年には改築が行われた[1]。
初代の関帝廟は1923年の関東大震災で倒壊した。まもなく2代目の関帝廟が再建されたが、第二次世界大戦末期の1945年6月に空襲で焼失し、次に建設された3代目の廟も1986年に原因不明の火災で失われた。現在の関帝廟の建物は、1990年8月14日に開廟式が行われた4代目ものである[2]。