樽川通
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歴史
手稲区内では古い歴史を持つ通りである。1925年(大正14年)に開削された手稲土功川に沿って延びており、昭和の初めごろには山口地区の農場や新川河口付近にあった小樽内の集落に通じる唯一の道として使われていた。雨が降るとひどいぬかるみになっていたことから、当時付近に大量に自生していたワラビを採りに来る人から入場料を徴収し、その収入を使って砂利を敷く方法で改良が行われた[1]。
付近の空中写真[2]によれば、戦後まで手稲駅北側には石狩手稲通と樽川通の他に目立った道路が見られない。以前のルートは久木橋で手稲土功川を渡り、それ以北は手稲土功川の左岸を進み、新川左岸を経て山口本通(現・国道337号)に接続していた。
2007年(平成19年)から2011年(平成23年)にかけて、前田2条 - 前田9条の区間の歩道のバリアフリー化工事が行われた。