武田信照
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人物
長崎県佐世保市出身。大阪市立大学では福井孝治、飯田繁の指導を受ける。1969年に専任講師として愛知大学法経学部に着任。のち助教授、教授となる。
1989年に所属する法経学部が法学部、経済学部、経営学部の3学部に分離。武田は経済学部に配属し、初代学部長に就任。
学長在任中は、法科大学院(2004年)・会計大学院(2006年)の両専門職大学院の設置をはじめ、副学長制度の導入、車道校舎(名古屋市東区)の再開発など教学体制の充実に尽力。
2003年に中国で発生したSARSに当たっては、当時中国・天津市に留学していた現代中国学部生全員の即時帰国を決断し、日本航空との交渉のわずか3日後に総勢204名の帰国を実現させる[2]。この対応に対しては、「膨大な経費を顧みず、学生の安全確保を最優先したもの」として評価する声もある[3]。
学外機関では、日本私立大学連盟理事、霞山会理事、豊橋市国際交流協会理事などを歴任。
座右の銘は「ねばり強く」、趣味は囲碁と山歩き[4]。中日ドラゴンズで活躍したプロ野球選手である岩瀬仁紀のゼミの指導教授でもある[5]。
略歴
- 1938年7月 - 長崎県佐世保市に生まれる。
- 1957年3月 - 長崎県立佐世保南高等学校卒業。
- 1961年3月 - 大阪市立大学経済学部卒業。
- 1965年3月 - 大阪市立大学大学院経済学研究科修士課程修了。経済学修士。
- 1969年3月 - 大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。
- 1969年4月 - 愛知大学法経学部専任講師。
- 1973年4月 -愛知大学法経学部助教授。
- 1985年4月 - 愛知大学法経学部教授。
- 1986年3月 - 経済学博士(大阪市立大学)。
- 1989年4月 - 愛知大学経済学部教授。
- 1989年4月 - 愛知大学理事・経済学部長(- 1993年3月)。
- 1999年11月 - 愛知大学理事長・学長(- 2007年11月)。
- 2005年4月 - 南開大学名誉教授。
- 2009年4月 - 愛知大学名誉教授。