比角村
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古代・中世
- 延暦12年(793年)7月 - 坂上田村麻呂が出雲より大国主命・建御名方命を勧請し、日栖宮(ひすみのみや)を建立する[1]。
- 律令時代は国司が管理し、やがて荘園がはじまって国倉院領となった[2]。
- 鎌倉時代には武家領となり、南北朝時代には新田氏の一族、後に上杉家代々の支配するところとなった。
近世
- 戦国時代末より江戸時代になると、上杉氏に代わって春日山に入った堀氏の管理になり、続いて福島藩領として堀忠俊、松平忠輝、高田藩領として酒井家次・酒井忠勝、松平忠昌、松平光長の知行となる[2][3][4]。
- 貞享3年(1686)年、数年の幕府領期をはさんで、稲葉正往が高田藩主となり元禄14年(1701年)まで治める[2][5]。
- 元禄14年(1701年)、戸田忠真が高田藩主となると、比角村は藩知行から外れて幕府領となり、代官の能勢權兵衞衛が宝永7年(1710年)まで管理した[2][4]。
- 宝永7年(1710年)松平定重が高田藩に転封され、比角村は藩領地として復帰する。以降、明治維新まで久松松平家が藩主を世襲する[2][6][7]。