気候変動による人間の健康リスク
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熱波や極端気象は、人々の健康に直接的にも間接的にも大きな影響を及ぼす。長時間にわたり高温にさらされると熱中症や熱関連の死亡を引き起こしうる[4]。直接的影響に加え感染症リスクも増大する[5][6]。たとえば蚊やダニといった疾患ベクター昆虫によって媒介・拡散されるデング熱やマラリアなどが、今まで稀であった地域にも広まる可能性がある。また下痢性疾患などの水を介した感染症リスクも増大する[4][7]。
気候変動が人間の健康に与える影響は直接的なものと間接的なものがある[8]:1867 。嵐・洪水・干ばつ・熱波・山火事といった極端気象とそれによる自然災害はけがや病気の直接的原因となり[4]、気候変動による自然環境の変化は水質悪化・大気汚染・食料不足・病原体(疾患ベクター)の拡散などを引き起こし[9]間接的・潜在的な健康リスクとなる[10]。
年齢・性別・社会経済的地位などの要因によって気候変動影響が人々の健康リスクとしてどの程度広がるかが左右され[8]:1867、子ども・高齢者・屋外労働者・社会的に不遇な立場にある人々は高リスクに直面する[4]:15。また医療サービスの提供や経済開発の格差により、貧困国の国民はより深刻な健康リスクに直面する[8]。さらに医療インフラが脆弱で極端気象によって災害を被ると医療そのものが滞る[11][4]:15。これらはことごとく健康に関しての気候不正義である。
気候変動・極端気象による直接的健康リスク
高気温
人体はたとえ低活動時であっても、身体冷却と過熱防止のために汗の蒸発が必要であり、過度の高気温・高湿度ではそれが不可能になる[12][13]。人間が生存できる限界は湿球温度35℃(高温多湿に対する「人間の適応性の生理的限界」)であり[14]:1498、湿球温度31℃でも、若くて健康な人にとってすら危険である。しかもこの閾値は一律ではなく、人によっては環境要因・活動量・年齢など多数の要因でさらに低くなる。
既に1960年から1990年の間に、気候変動によって約6億人(世界人口の9%)が「人間の気候ニッチ」すなわち過去6000年間に人類が繁栄してきた平均気温の範囲の外に追いやられたと推定されている[15]。温室効果ガスの排出が削減されなければ、2070年までに人類の3分の1が、年間平均気温が29℃を超え、人間にとって生理的に不適な気温範囲の地域(サハラ砂漠の最も暑い地域並み)に居住を強いられる可能性がある[16][17]。

2003年のヨーロッパ熱波では、7万人以上が死亡した[20]。2015年6月のパキスタン熱波では、最高気温49℃に達し2000人以上が死亡した[21][22]。
2020年時点では、湿球温度35℃が記録された気象観測所は2か所しかなくしかもごく短時間であったが、このレベルの高温の頻度と継続時間は今後の気候変動により増加すると予測されている[23][24][25]。地球温暖化が1.5度を超えると熱帯の一部地域では湿球温度の閾値を超え居住不可能となりうる[12]。3度上昇では(化石燃料の使用を減らさない場合に最も可能性の高いシナリオ)さらにパキスタン・インド・中国・サブサハラアフリカ・北米・オーストラリア・中南米の広範囲でこの閾値を超える地域が出てくる[26]。
2025年9月ネイチャー誌に発表された研究は2000~2023年の熱波を調査し、気候変動の影響と主要な炭素排出者による寄与を評価した結果、気候変動の影響により熱波の発生確率が2000~2009年にかけて20倍、2010~2019年にかけて200倍に増加したことを明らかにしている。また化石燃料やセメント生産者など特に炭素排出量の多い180社の「カーボンメジャー」からの排出量が、1850~1900年以降の熱波の強度増加の半分に寄与したと見積もり、これは産業革命以前の気候では事実上不可能だった16~53回の熱波を可能にしたとした[27][28]。
2025年の医学誌ランセットに発表された報告によると熱中症死者数は2012~2021年は年間546,000人に達し、これは1990年代の63%増である。日本での2012~2021年年間死者数は4,300人で、90年代から2.4倍近く増えた[29][30]。
脆弱な人々のリスク
極端な高気温は特に65歳以上の高齢者・子ども・都市部在住者・持病のある人々にとって健康への直接的脅威となる。65歳以上の人々の熱関連死亡は、2019年には推定34万5000人と当時過去最高を記録した[4]:9。また精神的健康にも悪影響があり精神疾患による入院や自殺傾向のリスクを増大する[4]。高気温による悪影響は湿度・運動・水分摂取・年齢・既往症・職業・着衣・行動・自律性・脆弱性・義務感などによって左右される[31]。
2022年の国際研究によれば2000年から2019年にかけて熱関連死亡が大幅に増加しており、特に熱帯および低所得国において顕著であった[32]。欧州の熱による死亡率を2003~12年と2013~22年を比較すると、人口10万人あたりの死亡数は17人増加しており、女性は男性よりも脆弱である[33]。
熱ストレスは熱中症や過熱(高体温)を引き起こし、また急性腎障害・不眠[34][35]・妊娠に関連した合併症とも関連している[36]:1051。ある種の心疾患や呼吸器疾患は高気温により悪化する[36]:1624。高気温により低出生体重や早産など妊娠への悪影響が生じる[36]:1051。長時間の高温曝露・身体的負荷・脱水状態は慢性腎臓病の発症に十分な要因であり、熱波によって慢性腎臓病の流行が生じた事例も報告されている[37][38]。
熱波の間、慢性肺疾患による死亡リスクは、平均的な夏の気温と比べて1.8〜8.2%高いと見積もられている[39]。また気温が29℃を超えると、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の入院率が気温1℃上昇ごとに8%増加するとされている[40]。
特に低所得者層・マイノリティ・女性(特に妊婦)・子ども・高齢者(65歳以上)・慢性疾患や障害・複数の持病を抱える人々にとって高気温は急性の健康リスクである[4]:13[40]。糖尿病患者・肥満・睡眠不足・心血管・脳血管系疾患も高気温に対するリスクとされている[41][42]。また認知機能は熱によって影響されるため、認知機能に問題がある人(例:認知症・うつ病・パーキンソン病)も注意が必要である[43]。
2025年のNature Climate Change誌に発表された研究は、2008~2022年の台湾成人24,922名のデータを分析し熱波が老化を加速することを示した。研究では熱波を相対的閾値と絶対的閾値の両方を用いて定義し、老化加速を生物学的年齢と暦年齢の差として計算した。その結果熱波への累積曝露の四分位範囲の増加は、0.023~0.031歳の老化加速増加と関連していた。この研究への参加者は15年間にわたって熱波の影響に徐々に適応したものの、肉体労働者・農村住民・エアコンの少ない地域の参加者は健康への影響をより受けやすかった[44]。
都市部

都市部はヒートアイランド現象のため熱波の影響が周辺地域より顕著に現れる[45][46]:2926 。都市には緑地が少なく熱を吸収するアスファルト舗装が広範囲に存在し、さらに多くの大規模な建築物が冷却風や換気を物理的に遮る上、自動車・空調・人間活動からの多大な排熱が24時間発生する[40]。水場の不足もまた一因である[46]:2926。
湿球黒球温度(酷暑下での行動に伴うリスクの指標;予測35℃以上で熱中症特別警戒アラートが発令される)が30℃を超える都市における極端な高温曝露は、1983年から2016年の間に3倍に増加した。この都市人口の増加を考慮しない場合でも、約50%増加している[45]。
現在の冷房技術は持続可能とは程遠く、温室効果ガス排出・大気汚染・電力需要ピーク・都市灼熱化をいっそう激化している[4]:17。建物内部室温を適切に調整するような空調設計がなされているか、建物内部にいる者が良く教育され適切に行動できれば、熱波による死者は減らすことができる[47][48]。熱波の早期警報・対応システムも重要である。
都市部での気候変動によるリスクは酷暑だけではない。2025年11月ネイチャー誌に発表された研究は発展途上都市における降雨量と海面上昇による死亡率への影響を調査し、インドのムンバイにおける降雨・潮汐・死亡率に関する高解像度データを統合し、管理されていない降雨と潮汐力学との相互作用が都市の健康リスクにどのように寄与しているかを分析した。その結果ムンバイでモンスーン期の死亡原因の8%以上は降雨によるものであり、その80%以上はスラム街住民であることが明らかになった。降雨による死亡リスク増加が最も大きいのは子供であり、また女性は男性よりもリスクが大きい。さらに降雨による死亡リスクは満潮時に急激に増加することも明らかであった。これら降雨による死亡率への影響は公式統計記録より桁違いに大きく、発展途上都市での緊急な排水・衛生・廃棄物管理インフラ改善の必要性を浮き彫りにした[49]。
労働能力低下
温暖化の激化に伴い屋外運動/作業が危険となるほどの高気温となる時間帯が増加し、建設業・農業など屋外で安全快適に作業できる時間が減少する[4]:8。極端な高温下での労働は脱水・疲労・めまい・混乱などにより能率や参加率の低下をきたす[50][51]:1073–1074。『ランセット』による年次報告で労働能力の変化が指標として調査されており、それによれば2021年には高気温により世界全体の労働可能時間が4700億時間失われ、これは1990年代と比べて37%増加である。特に開発途上国の農業分野で働く労働者が影響を被り、87%が農業従事者であった[36]:1625。
屋外での運動
運動は身体的にも精神的にも健康上有益であるが人々は暑い天候では運動しなくなると観察されており[36]:1625 、高気温日数の増加は人々が運動を控える原因となり間接的に健康に悪影響を及ぼしうる。しかし高気温下での無理な運動は場合によっては死亡につながる[51]:1073–1074。
干ばつ
気候変動は水循環の増強により、世界各地で干ばつの深刻度と頻度を増加させている[52][53]:1057。干ばつの結果の多くは広い意味で人間の健康に悪影響を及ぼす。

山火事(自然火災)
気候変動は地表温度上昇により、雪解けの早期化・植生乾燥・火災可能日数の増加・干ばつの増加・乾燥期の長期化が起こり[55]、これらすべてが山火事の頻度と規模を増加させる[56]。山火事の煙は有害な粒子状物質の発生源であり[57]、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患の悪化と発症、肺がん・中皮腫・結核のリスク増加、気道過敏性の上昇、炎症性メディエーターおよび凝固因子のレベル変化、呼吸器感染症など多様な健康被害をもたらす[57]。
2025年9月のネイチャー誌に発表された研究は、2023年カナダ山火事に関連する世界および各地域のPM2.5(直径2.5μm未満の粒子状物質)の人への曝露と影響を定量化した結果、この山火事によって世界中で年間PM 2.5曝露が0.17μg m –3(1立方メートル中0.17マイクログラム、95%信頼区間)増加していた。北米では年間平均曝露の増加が最も大きく(1.08μg m –3)、遠隔の欧州でさえも増加した(0.41μg m –3)。この結果北米と欧州で3億5400万人(2億7700万人~4億2100万人)がPM2.5大気汚染に曝露され、北米で5400人(3400人~7400人)の急性疾患死亡、北米・欧州で64300人(37800人~90900人)の慢性疾患死亡を引き起こしたと見積もられた[58]。
さらに2025年11月のネイチャー誌に発表された研究は気候変動下における米国における山火事の煙曝露とそれによる死亡者数増加を見積もり、高温暖化シナリオ(SSP3-7.0)では、2050年までに煙によるPM2.5の影響で年間71,420人の死亡者(95%信頼区間:34,930~98,430人)が発生すると予測し、これは2011~2020年の煙による年間死亡数推定値と比較して73%の増加である。その結果PM 2.5による累積超過死亡数は2026年から2055年の間に190万人に達する可能性があり、さらに煙による死亡率への影響は曝露後最大3年間持続するという証拠があるとした[59]。
また2025年11月のネイチャー誌に発表された別の研究は、世界の焼失面積と山火事による排出量を予測するための機械学習フレームワークを開発し、SSP2-4.5の下では2010~2014年から2095~2099年の間に、山火事による炭素排出量が23%増加すると予測し、煙による早期死亡者数は急増し2095年から2099年にかけて年間140万人(95%信頼区間 = 0.66~2.25)に達するとし、これは現在の約6倍に相当する。特筆すべきは顕著な地域差が見込まれたことで、欧州と米国ではわずか1~2倍の増加であるのに対し、アフリカでは11倍の増加が予測された[60](気候不正義)。
2025年10月のサイエンス誌に発表された研究は、1980~2023年にかけて発生した最も致命的で巨額の損害をもたらした山火事災害の世界的な分布・頻度・および関連する気候条件に関するデータを調査し、災害リスクは比較的裕福で人口の多い地域で最も高く、経済的に壊滅的な山火事の頻度は2015年以降急増しており、さらに大規模災害は極端気候と一致していることも明らかにした[61]。
嵐
気候変動による水循環の増強のため、熱帯低気圧や温帯低気圧はより多くの雨を伴うようになり、最大および平均降水率の両方が上昇する。また熱帯低気圧や嵐の進路は極地側へ移動しており、これは一部の地域で最大風速が大きく増大することを意味し、熱帯低気圧の数は減少するが強度は増大すると予測されている[62]。
洪水
嵐の激化に伴い洪水も深刻度と頻度が増大している[53]:1155。洪水は人々の健康と福祉に短期的にも長期的にも悪影響を及ぼす。短期的には怪我や感染症などがあり、長期的には非感染性疾患や心理社会的健康のダメージなどがある[63]。2022年パキスタン洪水は気候変動により深刻化した可能性が高く[64][65]、それに伴いマラリア・デング熱・皮膚病などの感染症が流行した[66][67]。
気候変動に伴う感染症リスク

気候変動はいくつかの感染症も発生頻度を増大させており[68]、以下の3つのグループに分類される[69]:1107:
- 媒介生物(ベクター)感染症(蚊やダニなどによって伝播される)
- 水感染症(水を介してウイルスや細菌が伝播される)
- 食物感染症(病原体が食物を通じて拡散する)
デング熱・マラリア・マダニ媒介疾患・リーシュマニア症・ジカ熱・チクングニア熱・エボラ出血熱などの媒介生物(ベクター)を通じて感染する感染症は、気候変動によりその媒介生物の地理的分布や季節性が変化し伝播が拡大する[70][71]:9。蚊媒介感染症には他にもリンパ系フィラリア症・リフトバレー熱・黄熱などがある[72][73][74]。2022年には、温暖化によって蚊媒介感染症が拡散する地域が拡大していることが明確になった[69]:1062[75]。これは蚊が生存できなかった高地にも及んでいる[69]:1045。これらによりかつて根絶された地域でマラリアが再流行する危険性がある[76]。かつて蚊が存在しなかったアイスランドでも2025年10月、首都レイキャビクの南西にある氷河谷で、冬を越せる種の蚊Culiseta annulataが確認された[77]。
同様にライム病やダニ媒介脳炎を拡散させるダニの地理的分布も変化しており、これら疾患は北半球で増加すると予測されている。例えば米国では気温が2℃上昇すると今後数十年でライム病の症例数が20%以上増加し、年間のライム病感染時期の開始が早まり期間も長くなるとされている[69]:1094。
日本でもデング熱を媒介するヒトスジシマカが従来よりも北方で見つかるようになり、デング熱が日本全国で広がりうるようになった[78]。2014年に発生した日本でのデング熱の発生はそれを裏付けている[79]。 CMCC(2022年)によれば2050年までに、温暖化ガス高排出シナリオの場合は日本国民の81.8%がデング熱の、また82.7%がジカ熱の伝染リスクにさらされる可能性がある[80]。また日本は地域的にはマラリア発生地とは見なされていないものの根絶されたわけではなくその伝播に関与する蚊はまだ存在し[81]、予測によれば2050年までに温暖化ガス高排出シナリオの下では42.5%がリスクにさらされる可能性がある[80]。
気候変動は微生物群の分布にも大きく影響し[82]、将来的には地域ごとに異なる水感染症や寄生虫がより大きな健康リスクになる。水感染症の症状は下痢・発熱・インフルエンザ様症状・神経障害・肝障害などである[83]。例えばアフリカでは気温上昇と干ばつにより、クリプトスポリジウム属およびジアルジア・デュオデナリス(原虫寄生虫)が増加すると見込まれている[69]:1095。
またビブリオ属(特にコレラの原因となるビブリオ・コレラ菌)による感染症の発生頻度と強度が増加している[69]:1107。これは気候変動による海面水温および海面塩分濃度の変化により、ビブリオ菌に適した沿岸環境の面積が拡大したことが一因である[71]:12 。高気温日数の増加や豪雨/洪水の増加によっても、コレラのリスクは増大する[69]:1045。
他の人間の健康への影響と同様に、気候変動は感染症の管理における既存の不平等や課題も悪化させ、気候不正義の一因となる。
2022年には明確な観察結果が発表され、気候に関連しての食物および水で感染する疾患の発生は非常に高い確信度で増加している[84]:11。
空気汚染の変化による健康リスク
屋内空気
気候変動は極端な熱波や自然火災などを通じて、オゾンや大気中粒子状物質などの屋外大気汚染を増加しそれにより屋内空気にも悪影響を及ぼす[85][86]。屋内空気汚染はシックハウス症候群・呼吸器疾患・生産性低下・学校における学習障害などの一因となる[87]。将来的に室内空気汚染物質がどう変化するかについて多くの予測がある[88][89][90][91][92]。ネット・ゼロ(温室効果ガス排出実質ゼロ)の達成には建物の性能を大幅に向上させる必要があるが、その一方で高いエネルギー効率を持つ建物では、十分な換気システムがない場合汚染物質を内部に閉じ込めることとなり、人間の曝露量を増加させる可能性がある[93][94]。
地表オゾン
気候変動下では気温と水蒸気量が上昇することで、米国東部などでは地表オゾンの濃度が増大するとされている[95]。自動車はオゾン発生の主因である窒素酸化物や揮発性有機化合物(VOC)の排出原であるため[96]、自動車の多い都市部ではいっそう悪化する。米国東部の多くの地域では、熱波の間オゾン濃度は夏の平均より少なくとも20%高く[97]、大気汚染の多い都市ほど地表オゾン濃度が高くなる[98]:876。
地表オゾンが呼吸器を刺激し肺機能を損なう証拠は非常に多い[97][99][100]。オゾン汚染によるリスクが高いのは、呼吸器に問題のある人々・子ども・高齢者、そして建設作業員など屋外で長時間過ごすことの多い人々である[101]。さらにオゾンおよびその生成前駆体物質への曝露は喘息・気管支炎などの呼吸器疾患のみならず、心臓発作その他の心肺疾患とも関連している[102][103]。
温暖化が進んでも窒素酸化物などオゾン前駆物質の人為的排出を減少できれば、オゾン発生を抑制できる可能性もあり[97]、将来の地表オゾン濃度は気候変動緩和策と大気汚染管理策の両方に左右される[98]:884。
その他健康リスク
メンタルへの影響

気候変動の影響がより具体的かつ深刻になるにつれ、その精神的影響が記録されつつある[104]。こうした影響は直接的・間接的・意識を介しての3つがある[105]:
- 直接的なものには極端気象への曝露によるストレス症状があり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などである。精神的健康と高温・多湿・降雨・干ばつ・山火事・洪水など気候関連の様々な要因との関連が示されている[106]。極端な高気温は精神的リスクを高め心療科受診数や自殺傾向の増加という形で影響が現れることがある[107]:9。
- 間接的なものには経済的・社会的活動の混乱があり、例えば農地が食料を十分に生産できなくなる場合である[106]。
- 意識を介してのものとは、実際には被害を受けていなくても気候変動の脅威を意識することで生じる影響であり[105]、例えば将来生活への不安という形で現れる[108]。
緑地や水辺などの自然環境が精神的健康に好ましいことが証明されている一方で、気候変動が自然環境に悪影響を及ぼすことは憂慮すべきである[109][110]。人為的気候変動に関連して例えば淡水系汚染や森林伐採などは、こうした自然環境を劣化させ人々がそれに触れ合う機会を奪う[111]。気候変動の脅威に対する感情的反応はエコ不安/怒りやエコ悲嘆など[112][113]、自然環境劣化に対する理に適ったものである[114]。またその悪影響が社会全体で均等でなければ、それは環境不正義および経済的不平等の問題ともなる[115]。
花粉症
気温上昇は、世界の一部地域で花粉飛散の期間と濃度を増加させている。北半球の中緯度地域では春の花粉飛散時期が以前よりも早く始まるようになり[51]:1049、花粉症の人々に影響している[116]。
食糧不安
気候変動は食料安全保障の多くの側面に影響し[36]:1619、その多くは農業への影響、例えば極端気象による作物不作などに関連している。食料安全保障が低下すれば栄養失調が増加する。2020年には約7億2千万人から8億1千1百万人が飢餓状態にあった[36]:1629。2016年のモデリング研究では、気候変動による農作物供給減少は、2050年までに成人の死者を世界で52万9千人増加させるとした[117][118]。
また2021年の『ランセット』の年次報告では、「ほぼ70%の国々で、2018~2020年には2003~2005年と比較して領海内の平均海面水温が上昇しており、海洋食料安全保障に関し脅威の増大を反映している」とされている[4]:14(気候変動と漁業も参照)。

衛星による測定では、過去35年間で地球上の植生域の25%から50%において葉面積指数の増加が観測されており、これは気候変動原因の排出二酸化炭素による二酸化炭素施肥効果の地球規模の顕れとされている[121][122]。二酸化炭素施肥効果は農作物によっては栄養価を低下させ、例えば小麦ではタンパク質や一部のミネラル(マグネシウム・鉄・亜鉛・カリウムなど)が減少する[123]:439[124]。C₃植物(小麦・オーツ麦・米など)の栄養価は特にその傾向が大きい[125]:1379。
2014年のメタ分析では、さまざまな緯度で高濃度二酸化炭素にさらされた栽培植物および野生植物で複数のミネラル濃度が低下することが示されており、二酸化炭素濃度が倍増するとミネラル濃度は平均して8%減少する[119]。2018年の研究は小麦・コメ・トウモロコシ・野菜・根菜・果実など225種類の作物について国連食糧農業機関などの公的データを用い、2050年に予想される大気中の二酸化炭素濃度で栽培された場合について、栄養価低下を3%から17%と見積もった[126][127]。開放系大気二酸化炭素増加実験でも作物および非作物植物の微量栄養素濃度が減少することが示されており[128][119]、例えばイネではビタミンB群が減少する[129][130]。
2022年のレビュー論文では、これらの栄養素の喪失が特に脆弱な人々において広範な栄養欠乏を引き起こし栄養失調のリスクを上げるので、この問題に対応するための農業と持続可能な食料システムが急務であると強調している[131]。約20億人がこれらの栄養素の60%以上を小麦・米・大豆・インゲン豆類などの主食作物から摂取しており、これらの欠乏はすでに年間約6,300万寿命年の損失を引き起こしているとされている[132][133]。十分な副食を摂る余裕がなく主食作物が日常的なタンパク質とミネラルの主な供給源である低/中所得国の人々には特にリスクが高く[134]、現在すでに存在している栄養不足をさらに悪化させ、貧血・発育阻害・認知能力の発達に関する問題を生じうる[135]。これら事実は、将来の気候シナリオにおいては単に作物収量だけでなくその栄養価も考慮する必要があることを示している[136]。
2025年6月ネイチャー誌に発表された大規模研究では、世界の作物カロリーの3分の2を占める、54 か国12,658地点の6種類の主要作物(トウモロコシ・大豆・米・小麦・キャッサバ・ソルガム)について世界の生産者の適応の影響を経験的に推定し、地球の平均地表気温が1℃上昇するごとにこれら作物によるカロリー生産量は1人1日あたり120kcal減少するとし、なかでも地球規模の影響は、現時点で気候条件が好ましい穀倉地帯と、低所得地域での損失が支配的になると予測した[137]。
有害藻類の大量発生

海洋や湖の水温上昇により、有害藻類大発生の頻度と期間が増加している[138][139][140][141]。また干ばつ時には、表層水が有害藻類や微生物の影響を受けやすくなる[142]。大発生した藻類は水の濁度を高め、水中酸素を枯渇させ、魚類や水草を窒息させ死に至らしめる。シアノバクテリアは特に25℃以上の温暖な気温で増殖しやすく、一部はシアノトキシン毒素を産生し人間にも深刻で時に致死的な神経系・肝臓・消化器系の病気を引き起こす。
プセウドニッチア属は記憶喪失性貝毒の原因となるドウモイ酸を産生する珪藻類であり[143]、この種の毒性は海洋酸性化によって悪化することが示されている[144]。他にも有害藻類に関連する疾患にシガテラ魚毒・麻痺性貝毒・アザスピロ酸貝毒・下痢性貝毒・神経性貝毒などがある[144]。
気候変動緩和による健康上の利益
気候変動の緩和および適応策によって得られる健康面での利益は非常に大きく、21世紀における「最大の世界的健康機会」とも形容されている[8]:1861。こうした施策は気候変動による健康被害を軽減するだけでなく健康状態そのものも改善しうる[145]。気候変動緩和は多くの健康上の益と結びついており、例えば大気浄化による健康改善[146]、健康的な食生活(例:赤身肉の削減)、より活動的な生活様式、都市の緑地への接触の増加など多岐にわたる[4]:26。緑地へのアクセス向上は精神的健康にも好影響を与える[4]:18。
施策実施のあり方(例えば政策立案)によっては人々の生活水準の向上や、不平等や貧困の是正さえ達成しうる[147]。逆に不平等への対策も気候変動の緩和に役立つものである[148]:38。複数の研究で、気候変動の主因である過剰消費削減に向けた取り組みは、幸福の18項目の構成要素の大半に対して有益な影響をもたらすことが示されている[149][150]。
化石燃料の燃焼は気候変動の主犯であると同時に、年間で最大推計870万人の関連死をもたらしている大気汚染の発生源でもある[151][152][153][154][155]。パリ協定に向けた各国気候目標の実施は、空気の質を改善することで人間の健康に大きな利益をもたらしうる[156]。低炭素交通(徒歩・自転車など)は温室効果ガスの排出を減らしつつ[157]、座りがちな生活様式の悪影響を軽減し[158]、肥満・糖尿病・心疾患・がんなどのリスクを減少する[159]。
ブラジル・中国・ドイツ・インド・インドネシア・ナイジェリア・南アフリカ・英国・米国の9カ国の合計は、世界の温室効果ガス排出量の70%以上と世界の人口の50%である。2040年までにこの9か国で「持続可能な経路シナリオ」を達成した場合を想定した2021年の見積もりは、年間118万人の大気汚染関連死、586万人の食習慣関連死、115万人の運動不足関連死が減少できるとした[160]。世界全体で見ても温暖化を2℃以下に抑制するコストは、清浄な空気によって得られる利益よりも安価で、インドや中国においてはその差が特に大きい[161]。
全世界的見積もり
気候変動の影響による死者数(死亡率)や障害調整生命年(DALYs、罹患率)を世界的規模で推定することは困難である。2014年の世界保健機関による気候変動が人間の健康に与える影響の早期の研究は、気候変動のすべての影響が考慮されていたわけではなく、たとえばより極端となる暴風雨の被害は想定されていなかったが、高齢者熱中症・下痢症・マラリア・デング熱・沿岸部洪水・そして小児の栄養不良による死亡が評価された。それによれば2030~2050年の間の気候変動による死者数を年間25万人と推定したが、「重要な因果経路のいくつかを定量化できなかったためこれらの数字は健康に対する気候変動の全体的な影響を予測するものではない」としている[162]。
気候変動による健康への影響は地球温暖化の悪化に伴い増加すると予測されており[163][164]、今世紀中に温暖化2℃以上の場合約10億人の早期死亡が引き起こされると推定されている[165][166]。
啓蒙と政策
一般市民と気候変動についてコミュニケーションをとる際には、環境問題としてではなく健康問題として取り上げると、各個人に自分自身のこととして捉えさせ関心を高められる[167][168]。2017年までのメディアで一般的であった環境破局を強調する表現と比べて、健康関連の枠組みでの伝達は効果的であり[169][170]、健康上の利益を訴えることは温室効果ガス削減戦略を支える助けとなる。特に、最も脆弱な人々の健康を守ることは地域における気候変動適応の最前線の目標である[171]。
気候変動は公衆衛生政策にとって主要な関心事項である[172][173]。すでに1989年、米国環境保護庁は地球温暖化と人間の健康に関する100ページの報告書を発表していた[164][174]。21世紀初頭には、2006年にナイロビで国連事務総長コフィ・アナンが発言したように、気候変動は国際的な公衆衛生の課題として取り上げられるようになっていた。2018年熱波・グレタ効果・そしてIPCC「1.5℃特別報告書」などが、気候変動を世界的な健康課題として捉える緊急度をいっそう高めた[164][171][175]。
世界銀行は、保健システムをより強靭で気候に対応可能なものとするための枠組みを提案している[176]。
国別目標(NDC)において健康を中心的な柱とすることで、気候変動対策による健康上の益を認識する機会となりうる[161]。
世界中の医療専門家は、人為的気候変動が現実であり各地域で健康問題を悪化していることに同意している。医療専門家は、人々に気候変動による健康被害とその対処法を伝え、政治指導者に行動を促すために働きかけ、自身の住居や職場の脱炭素化を進めることによって行動を起こすことができる[177]。オーストラリア医師会は2019年、気候変動を健康の緊急事態と正式に宣言した[178]。
