水ノ子島灯台
豊後水道の水ノ子島にある灯台
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概要
日清戦争を機に海運助成策が積極的に推進されたこと、及び、呉鎮守府を母港とする艦隊が豊後水道を航行する際に水ノ子島が障害となったことから、航行の安全を図るために建設された[6]。本灯台の工事は灯台建設史上でも屈指の難工事で、完成までに3年余りの長期間を要した[7][8][注釈 2]。設計監理は逓信省航路標識管理所[7]、設計者は石橋絢彦[10]。
灯台の構造は、内側に煉瓦を積み、その外側に山口県徳山市(現・周南市)産の花崗岩[注釈 3]を装石積みにしたもので、内部は8層(灯室を含めると9層)とされており[11][12]、上部2層は鉄製である[7]。
木下惠介監督、佐田啓二・高峰秀子主演の1957年(昭和32年)の映画『喜びも悲しみも幾歳月』に登場し[注釈 4]、1986年(昭和61年)のリメイク版『新・喜びも悲しみも幾歳月』ではロケが行われた[9]。
水ノ子島灯台は、渡り鳥の目標であるとともに、休憩地にもなっているが、その一方で多くの渡り鳥が衝突する。1986年(昭和61年)に放送されたNHK特集「渡り鳥 なぞの夜間飛行」では、本灯台にレーダーや超高感度カメラを設置して、夜間に飛行する渡り鳥の生態や、灯台に衝突する現象を撮影、放映した[13][14]。また、1987年(昭和62年)に、対岸の鶴見半島で開館した渡り鳥館では、水ノ子島灯台に衝突した渡り鳥の剥製が展示されている(詳細は#水ノ子島灯台吏員退息所参照)。
歴史
- 1901年(明治34年)3月 - 着工[7][注釈 5]。
- 1904年(明治37年)3月20日 - 初点灯。荒波で陸地と隔てられた孤島での建設作業は難工事で完成までに3年余りを要した[3][15]。灯火は第1等レンズ、レンズはパピエー式石油蒸発白熱灯で、688,000カンデラ、光達距離37 km、閃白光毎30秒に1閃光であった[15]。
- 1922年(大正11年) - チャンス式石油蒸発白熱灯に改良[15]。
- 1941年(昭和16年)2月1日 - 気象観測業務開始[15]。
- 1945年(昭和20年)3月 - 太平洋戦争末期の米軍機による数次の攻撃で、建設当時からの第1等レンズが破壊される。
- 1946年(昭和21年)5月17日 - アセチレンガス灯の仮灯(60カンデラ、2秒に1閃光)による復旧[3][15]。
- 1950年(昭和25年)11月15日 - 戦災復旧工事により、本灯が復旧。第3等大型レンズに変わる[3]。900,000カンデラ、10秒に1閃光[15]。
- 1963年(昭和38年)2月28日 - 自家発電装置を増強。1,200,000カンデラ、白閃光10秒に1閃光、光達距離37km[15]。
- 1977年(昭和53年)5月1日 - 無線方位信号所を設置し、業務開始[15]。
- 1986年(昭和61年)
- 1987年(昭和62年) - 旧灯台吏員退息所及び旧物置所を改装し、豊後水道海事博物館及び渡り鳥館が開館[3]。
- 1998年(平成10年)4月21日 - 旧水ノ子島灯台吏員退息所など3件が登録有形文化財に登録される。
- 2002年(平成14年) - 沿岸灯台としては初めての波力発電と太陽光発電を併用したハイブリッド電源システムの運用を開始[3]。
- 2004年(平成16年)11月7日 - 初点灯から百周年を記念して鶴見町により水ノ子島灯台体験航海が企画された[16]。
- 2009年(平成21年)2月6日 - 近代化産業遺産に認定[17]。
- 2022年(令和4年)12月21日 - 消灯し、仮灯(光達距離 7.5海里)にて点灯[2]。
- 2024年(令和6年) - 光源およびフレネルレンズを撤去し、LED回転灯器に変更。12月12日に復旧[2]。
- 2025年(令和7年)10月24日 - 水ノ子島灯台、旧灯台吏員退息所及び旧物置所の国の重要文化財への指定が答申される[18][19][20]。
- 2026年(令和8年)1月15日、国の重要文化財「水ノ子島灯台」の指定(明細は以下)[21]。
- 灯台 1基(附 旧日時計1基)
- 旧吏員退息所 1棟(附 囲障1所、旧日時計1基)
- 旧物置所 1棟
水ノ子島灯台吏員退息所
水ノ子島灯台の吏員退息所は、水ノ子島の対岸にあたる鶴見半島の下梶寄に位置し、内部に5戸の住戸を有する大規模な煉瓦造の建物である。1904年(明治37年)に完成し、1962年(昭和37年)まで、灯台の職員やその家族が生活していた。職員は退息所で暮らしながら、灯台に船で渡り交替で勤務した[3]。
1983年(昭和58年)に鶴見町(現・佐伯市)に払い下げられて改装され、1987年(昭和62年)に旧退息所及が「豊後水道海事博物館」(現・佐伯市水の子島海事資料館)、旧物置所が「渡り鳥館」(現・佐伯市水の子島渡り鳥館)として開館した[3][22]。
海事資料館には、2022年(令和4年)まで使用されていたフレネルレンズ、灯台の模型、漁具等が展示されている。また、渡り鳥館には、1963年(昭和38年)から1984年(昭和59年)までの22年間に水ノ子島灯台に衝突した62種・550羽の渡り鳥の剥製が展示されている[1][3][23]。
1998年(平成10年)4月21日には、以下の3件が登録有形文化財に登録されている。
- 豊後水道海事博物館(旧水ノ子島灯台吏員退息所)
- 豊後水道海事博物館塀(旧水ノ子島灯台吏員退息所塀)
- 渡り鳥館(旧水ノ子島灯台吏員退息所物置所)
- 豊後水道海事資料館(2010年4月)
- 渡り鳥館(2010年4月)
