徳島市立高校時代は捕手として活躍し、高校3年夏の県大会はベスト8まで進む[1]。
高校卒業後は東都大学野球所属の国士舘大学に進学[2]。
大学卒業後は国士舘高校でコーチを務め、1991年秋に横浜隼人高校の監督に就任[1]。2009年夏には準々決勝で強豪・横浜高校、準決勝で桐光学園、決勝で桐蔭学園高校を破り、甲子園大会に初出場[1]。2回戦では菊池雄星を擁する、花巻東高校と対戦し、敗退[1]。花巻東の監督はかつて自身の下で横浜隼人のコーチを務めた、佐々木洋であり、師弟対決として注目を集めた[1]。