氷川女体神社
埼玉県さいたま市緑区にある神社
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祭神
歴史
社伝では、崇神天皇の時代に出雲大社から勧請して創建されたと伝える。
『大日本地名辞書』では『延喜式神名帳』に記載されている式内社「武蔵国足立郡 多氣比賣神社」の論社としているが、多氣比賣神社は桶川市篠津の多気比売神社とする説が有力である。
天正19年(1591年)には、徳川家康より社領50石が寄進された[3]。
近世の文書や拝殿の額に「武蔵国一宮」と記されている。これは大宮の氷川神社と当社、および中山神社(簸王子社)の三社を一体のものとして、大宮の氷川神社が武蔵国一宮であることから当社もそれに含まれると解釈したものである(後述)。また、江戸時代に橘三喜がここから巡拝を始めたという一の宮巡り発祥の地であり、それらのことから現在は、氷川神社と共に「全国一の宮会」に加盟している。
『江戸名所図会』には「元簸河神社」という社名で、登載されている。
見沼周辺の氷川三社
境内
- 本殿
- 磐船祭祭祀遺跡
- 氷川女体神社、拝殿
- 氷川女体神社、鳥居
- 磐船祭祭祀遺跡
摂末社
本殿裏手に複数社鎮座する。
文化財
現地情報
兼務社
- 本太氷川神社 - 本務社
- 元町八雲神社
- 三角稲荷神社
