氷見神社
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平安時代の歴史書にもその名を残す由緒ある神社で、貞観9年(856年)に須万村秘密尾に創建されたと言われている。旧鹿野町東部の秘密尾にあり、標高1000m級の中国山地に抱かれている。「露嶋宮」とも呼ばれ、若宮のほかに、山の中腹に中宮があり、山全体を上宮としている[2]。上宮である奥社は今でも女人禁制である。禊の行場としても有名で、明治時代には神道家の川面凡児がここに籠り、神道の修行法を編み出したと言われている。現在でも山口県下の神官たちの禊ぎ行場として使われている[2]。
2月に元旦祭、4月に春大祭、祈年祭、7月に夏祭、11月に秋季例大祭、新嘗祭が行われる。伊勢神宮同様、「遷宮祭」も20年ごとに行なわれており、二つの御社地の宮を交互に建て替えている。山口県下で遷宮を行なっているのは氷見神社だけである。前回の遷宮祭の時はすでに過疎化が始まっていたが、出身者が集まって遷宮を取り行なった[2]。
