永易克典
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愛媛県新居浜市出身。1966年3月愛媛県立新居浜西高等学校卒業。高校の同級生に大和ハウス工業株式会社元代表取締役副会長・社長の村上健治がいて、同郷の財界人としても親交があった。
東京大学法学部を卒業した後、1970年5月に当時の三菱銀行に入行。 主に企画部門、法人営業部門などの畑を歩んで、銀行家としての腕前を磨いた。
2008年のリーマン・ショックに端を発する金融危機を、三菱東京UFJ銀行の頭取を務める中で迎えることとなる。この時、アメリカ金融大手のモルガン・スタンレー救済のために90億ドル分の優先株を買い受けて巨額の出資を行うなどの対応を主導したことは、今日まで語り継がれている[3]。
2011年の東日本大震災に際しても、同じ年の7月1日に二度目の就任をした全国銀行協会会長として復興支援のために心を砕いた[4]。
2021年5月3日17時10分、頸部食道がんのため、東京都内の病院で死去。74歳没。死没日をもって従三位に叙され、あわせて旭日大綬章を追贈される[5]。のちに三菱UFJ銀行頭取らの主催によるお別れの会が同年12月22日に開かれ、約1400人の参列者がその人柄を偲んだ[6][7]。