永田正
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バス事業との関わり

1974年に京王帝都電鉄(当時)に入社直後、希望配属先を聞かれ「バス以外ならどこでもいい」と答えたところ、バス事業を担当する自動車事業部(現:京王電鉄バス)に配属され、バス分社化までの約25年をバス事業に携わることになる[6][7]。
入社後は、自動車事業部八王子営業所(現:京王電鉄バス八王子営業所)所長に就任[6]、父親と同世代の職人気質のバス運転手らとのコミュニケーションに悩んだ結果、営業所内に卓球台を設置し、卓球を通じて打ち解けたことから「卓球所長」と呼ばれた[6]。そして運転手らとの会話を通じて、営業所内の休憩場所が足りず、先輩に遠慮してバス車内で仮眠を取る若手運転手の話など、乗務員の労働環境についても聞き、営業所内の休憩室整備など待遇改善に尽力する[6]。
1992年に自動車事業部課長に就任[7]。同社の運行エリアで多摩都市モノレールが開業(1998年)する影響も鑑み、バス事業の抜本的な収支改善を目指して、1997年に分離子会社の京王バス(初代、のちの京王バス東)を設立してバス事業の分社化を推進した[7]。その後、2001年には南大沢京王バス(のちの京王バス南)、翌2002年には京王電鉄バスが設立され、京王のバス事業は電鉄本体から分離された。
また京王バス(初代)の分社化に合わせ、京王電鉄(当時)と日産ディーゼル(現:UDトラックス)が共同開発した、車椅子スロープ付き小型ワンステップバスの日産ディーゼル・RNを1996年より一括導入し、運行コストダウンとバリアフリーを同時に図るなど[7]、バス事業の合理化とともに旅客サービス向上に務めた[7]。
鉄道の環境対策
2000年6月に京王電鉄関連事業部長[3]、2002年6月に総合企画本部グループ事業部長[3]、2003年6月に人事部長に就任[3]。2004年6月に取締役に昇格[3]。2005年6月に取締役経営企画部長[3]、2006年6月に総合企画本部経営企画部長[3]、2007年6月に常務取締役・総合企画本部長に就任[3]。2009年6月からは代表取締役社長を務め[3]、2010年6月に総合企画本部長に就任した[3]。
京王電鉄社長就任中は鉄道の環境対策に取り組み、2012年9月までに日本国内の大手鉄道会社では初めて全車両をVVVFインバータ制御電車に更新[8]、翌2013年6月には高幡不動検車区を改築して省電力・節水などの環境対応設備を盛り込んだ[8]。車両の省エネ対策はその後も推進されている[9]。
多摩ニュータウン活性化
また沿線の地域活性化にも取り組み、2007年に生活支援サービス「京王ほっとネットワーク」を設立[10]、2012年6月には「沿線価値創造部」に発展した[10]。2013年8月28日には、京王電鉄本社所在地の多摩市と包括連携協定を締結[11][12]、高齢化の進む多摩ニュータウンエリアで京王ほっとネットワークによる移動販売を開始し[13]、その際の記者会見では「多摩ニュータウンエリアは当社とともに発展してきた」と語った[14]。多摩ニュータウン内の京王多摩センター駅・京王永山駅周辺で始まった移動販売は、その後は要望を受けて販売エリアを拡大[15]、八王子市・日野市にも進出した[16]。
2015年6月からは代表取締役会長兼社長に就任[1]、2016年6月に後任の紅村康が代表取締役社長に就任[4]、これに伴い代表取締役会長に就任した[3][1][4][5]。
他社社外取締役として
京王電鉄会長在任中の2022年5月、ウエルシアホールディングス社外取締役[17]。同2022年6月、京王電鉄代表取締役会長を退任し相談役に就任、株式会社うかい(本社:八王子市)取締役に就任。