江利川祐
From Wikipedia, the free encyclopedia
1999年、闘龍門の6期生として入門。しかし、メキシコへ渡り、デビュー予定も、練習中に足を怪我し断念。歩行することもままならず、結果この怪我はリハビリを含め10年付き合うことになる。治癒後同期であるミラノコレクションA.T.の薦めでDDTのテストを受けるが、年齢制限に引っ掛かり再び挫折。その後、WNCに入門するが練習中に肋骨を骨折。WNC自体も消滅する。
2014年2月にシアタープロレス花鳥風月に入門。練習生としてエキシビションマッチに出場し、エキシビション無敗(すべて時間切れ引き分け)のまま11月16日、東京花鳥風月・新宿FACE大会の査定試合で高岩竜一、リッキー・フジらの査定とファンの支持を経てプロデビューが決定。同大会に参戦していた闘龍門時代のコーチである新井健一郎をデビュー戦の相手として逆指名した[1][2][3]。12月13日、シアタープロレス東京花鳥風月・王子BASEMENT MONSTER大会における新井健一郎戦で、練習生としての入門から足掛け15年目のプロデビュー。なお、この試合はエナジードリンクのマッドクロックが冠協賛スポンサーにつくという破格のデビュー戦となった[4]。
2015年4月18日、シアタープロレス花鳥風月・シアター・バビロンの流れのほとりにて大会における、マッチョ・マイケルズ戦でプロ初勝利。
6月19日、MITSUMOTO自主興行・新木場大会において瓦井寿也、ウルフ・スター☆と3WAY戦で激突[5]。
8月7日、松山座ではジンジャー・廣瀬と組んでタクミ・座・グレート、怨霊組と対戦。
10月29日、ファイヤープロレス青森河西体育センター大会では魔世軍6号と対戦。30日ファイアープロレス青森はまなす会館大会では魔世軍4号と対戦。それぞれ土をつけられ魔世軍との遺恨が発生した[6]。
2017年5月29日、新たな可能性を広げるため花鳥風月退団が発表される[7]。