池田輝郎
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初めての音楽との出合いは小学1年生の時にラジオから流れてきた橋幸夫の「潮来笠」。この曲に感動し歌手を目指すようになった。20歳から28歳までは全く歌を歌わないようになった。この背景には全日本歌謡選手権で五木ひろし(当時、三谷謙)が10週勝ち抜いた姿を見て「こんな人には絶対に勝てない。」と思った事が理由。
29歳の時に民謡に出会い、歌を再開。演歌を歌うようになったのは30歳を過ぎてから。地元・九州を基盤にするなか、インディーズ盤を数枚リリース。
2007年、「湯の里しぐれ」でメジャーデビュー(当時54歳)。
2009年、芸名を本名の「池田輝男」から「池田輝郎」に改名。この背景には恩師 水森英夫の知り合いの姓名判断師から「この名前はロクなことがない。」との助言があった。
2011年「大阪ガス たのむよ人間 太陽光発電大ヒット篇」のCMに歌唱出演。画面上では上戸彩との共演の様な演出になっているが、実際は別々に撮影が行われた。
2012年に佐々木新一、鏡五郎と共にユニットアルバム“佐田鏡五一郎 あゝふるさとよ~平成三人衆~”を発売。佐々木新一が三橋美智也、鏡五郎が村田英雄、池田輝郎が春日八郎のカバーに加えオリジナル楽曲も1曲収録されている。
デビューの経緯
誰もいない温泉旅館の浴場で民謡を大声で歌っていた所、たまたま更衣室にいた水森英夫が池田の歌声に聞き惚れていた事がきっかけ。 これに因んで自身の楽曲は“お湯”をテーマにした作品が幾つも存在する。