沖潤子
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子どもの頃から絵を描くのが好きで[1]美術大学を目指して予備校に通ったが受験には至らなかった[1]。20代半ばでセツ・モードセミナーに入学[1]。その後[2]一人で子育てをせざるを得ない状況にあり経済的な事情から商品企画会社に就職した[1]。大手玩具メーカーを担当し[3]パッケージデザインなどを手掛け[1]原価計算・生産・納品管理までをおこなった[3]。
亡くなった母の洋裁道具や布を引き取り、2002年より母親が遺した布や糸を用いて独学で刺繍を始めた[1][4]。当時中学生の娘が、亡母が大切にしていた「リバティ」の布を切って刺繍を施し、沖の誕生日に手提げを贈ってくれた[1][3]。はじめは母の遺品が切り刻まれたことにショックを受けたが、自分を喜ばせたい一心で娘がつくった手提げを見てものづくりの本質に気付かされ、[1][3]古い布を使って作品をつくりはじめた[3]。
2002年の第3回「SICF」(スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル)に応募し、自分のアトリエを再現するブースをつくった[1]。会社に勤務しながら制作を続けていたが2010年より制作に専念、刺繍はもとより絵画や彫刻という領域を超えた作品を国内外で発表し[4]、2014年には自身で撮影した写真と作品についてのエッセイからなる作品集『PUNK』が文藝春秋より出版された[1]。
2020年4月から2021年3月まで、山口県立萩美術館・浦上記念館の茶室をすべて用いた展覧会「anthology」が開催された[5]。茶室の空間をつかって自由に展示するよう美術館から提案され[5]、全国から募った7000個の糸巻きを茶室一面に敷き詰め、刺繍作品やオブジェを加えたインスタレーション作品として展示した[5]。
2022年には神奈川県立近代美術館鎌倉別館にて、個展「沖潤子 さらけでるもの」が開催された[4]。
