河野信子

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ラテン文字 Nobuko Kawano
国籍 日本の旗 日本
競技 トラック競技
(短距離走中距離走)
種目 400m, 800m, 1500m
河野 信子 Portal:陸上競技
選手情報
ラテン文字 Nobuko Kawano
国籍 日本の旗 日本
競技 トラック競技
(短距離走中距離走)
種目 400m, 800m, 1500m
生年月日 (1950-05-02) 1950年5月2日(74歳)
コーチ担当者 藤田信之
成績
地域大会決勝 アジア競技大会
アジア陸上競技選手権大会
国内大会決勝 日本陸上競技選手権大会
自己ベスト
800m 2分05秒1 (1973年)
獲得メダル
陸上競技
日本の旗 日本
アジア競技大会
1974 テヘラン800m
1974 テヘラン4×400mR
1970 バンコク800m
1974 テヘラン400m
1970 バンコク400m
アジア陸上競技選手権大会
1973 マニラ400m
1973 マニラ800m
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河野 信子(かわの のぶこ、1950年5月2日[1] - )は、日本陸上競技選手。専門は短距離走中距離走。現役時代はリレー走も含めて23回の日本記録を樹立し[注釈 1]、「中距離の女王」の異名を取った[2]

大分県立農業高等学校(後の大分県立佐伯鶴岡高等学校)時代から頭角を現し、1968年の九州高校陸上競技大会で800メートル (m)に優勝した[3]

高校卒業後は日本レイヨン宇治工場(のちユニチカ[4][5][6][7][8])に入社し[9]、当時コーチになったばかりの藤田信之の指導を受ける[10]。河野は1970年6月の実業団・学生対抗陸上競技大会400mで最初の日本記録(56秒4、ただし手動計時)を樹立し[10][11][12]、以後、800m・1500m4x400mリレーも含めて合計23回の日本記録を樹立した[2][注釈 1]第28回国民体育大会(1973年10月)では800mに「21回目」の日本新記録で優勝している[13][注釈 1]。同年7月1日に樹立した800mの日本記録(2分05秒1)は、新井文子が1985年10月23日に更新するまで、12年間保持した[14][11]

現役引退後、1987年には第1回マスターズ駅伝に大分県チームの1区で出場した[2]

成績

脚注

参考文献

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