新宮美歩
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| 選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | しんぐう みほ | ||||||||||||||||||||||||||
| ラテン文字 | Miho Shingu | ||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 競技 | 陸上競技 (短・中距離走) | ||||||||||||||||||||||||||
| 種目 | 400m, 800m | ||||||||||||||||||||||||||
| 所属 | 東邦銀行 | ||||||||||||||||||||||||||
| 大学 |
東大阪大学 福島大学大学院 | ||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1991年11月29日(34歳) | ||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | 広島県広島市 | ||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 162cm | ||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 48kg | ||||||||||||||||||||||||||
| 成績 | |||||||||||||||||||||||||||
| 地域大会決勝 |
アジア選手権 400m : 7位 (2011年) 4x400mR : 優勝 (2011年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 国内大会決勝 |
日本選手権 400m : 優勝 (2011年) 800m : 5位 (2014年) 4x400mR : 優勝 (2011年, 2017年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 自己ベスト | |||||||||||||||||||||||||||
| 100m | 12秒20 (2009年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 200m | 24秒64 (2008年, 2013年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 400m | 53秒66 (2012年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 800m | 2分05秒47 (2012年) | ||||||||||||||||||||||||||
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| 編集 | |||||||||||||||||||||||||||
新宮 美歩(しんぐう みほ、1991年11月29日 - )は、広島県広島市出身の陸上競技選手。専門は主に400mと800mの短・中距離走。2009年ベルリン世界選手権女子4×400mリレーの日本代表。
中学生時代まで
広島県広島市出身。A型。広島市立五月が丘小学校、広島市立五日市中学校、東大阪大学敬愛高等学校、東大阪大学卒業。福島大学大学院修了。東邦銀行陸上競技部所属。
陸上競技は小学4年時から始める。昔は外で遊ばない子供だったが、たまたま出場した市内の記録会で2位に入ったことがきっかけとなり、陸上教室に通いだした[1]。
中学時代は100mと200mが専門で、全日本中学校選手権、国民体育大会、ジュニアオリンピックといった全国大会に出場しているが、決勝の舞台には立てなかった。中学卒業後は広島県の県立高校に進学予定だったが、最終的に東大阪大学敬愛高等学校へ進学することになった[2]。
高校生時代
2007年、4月に東大阪大学敬愛高等学校へ進学。1年生ながら8月のインターハイにはリレー2種目(4×100mリレーと4×400mリレー)で出場を果たし、4×100mリレーはアンカーを務め7位、1走を務めた4×400mリレーは予選のみの出場だったが準決勝進出(優勝)に貢献した。高校1年時も100mと200mが専門だったが、冬から400mに取り組むようになった[3]。
2008年、7-8月のインターハイには昨年と同じくリレー2種目で出場し、2走を務めた4×400mリレーで高校記録(当時)樹立と優勝に貢献した。10月に日本ユース選手権の400mで個人種目の全国タイトルを初めて獲得した。日本選手権リレーの4×400mリレーでは2走を務め、3分41秒23の高校記録(当時)樹立に貢献した。
2009年、5月に静岡国際の400mで高校歴代5位(当時)の記録となる53秒81をマークし、丹野麻美以来6年ぶりとなる高校生の53秒台で3位に入った[3]。6月には日本選手権の400mで4位に入り、高校生ながら8月のベルリン世界選手権の4×400mリレー日本代表に選出された。7-8月のインターハイには400m・800m・4×400mリレーの3種目に出場すると、個人種目初出場となった400mで優勝、800mで2位、2走を務めた4×400mリレーでは3分37秒86という驚異的な高校記録(当時)樹立と優勝に貢献し[注 1]、大会2冠に輝き女子の最優秀選手にも選出された。10月には国民体育大会と日本ジュニア選手権の400mを制し、インターハイとの400m高校3冠を達成した。ベルリン世界選手権は補欠として出番はなかったが、12月の東アジア大会で初めてシニアの日本代表を経験し、400mで銅メダル獲得、1走を務めた4×400mリレーでは銀メダル獲得に貢献した。
大学生時代
2010年、4月に東大阪大学へ進学。大学1年目は記録を意識しすぎたこともあって低迷し[4]、6月に日本学生個人選手権の400mで3位に入ったのが全国大会唯一の表彰台だった。気持ちはどん底まで落ち、試合に出るのが嫌でたまらなかったという[5]。
2011年、6月の日本選手権は千葉麻美が産休で不在だったものの400mで初優勝を果たし、シニアの大会で初の全国タイトルを獲得した。7月にはアジア選手権の400mで7位、アンカーを務めた4×400mリレーで金メダル獲得に貢献した。8-9月の大邱世界選手権は400mの参加標準記録を突破できず、4×400mリレーは参加標準記録を突破していたものの日本陸上競技連盟は選手を派遣せず、世界選手権の日本代表に2大会連続で選出されることはなかった。9月に日本インカレの4×400mリレーで2走を務めて優勝に貢献し、大学の全国タイトルを初めて獲得した。10月に日本選手権リレーの4×400mリレーでも2走を務め、東大阪大学の初優勝に貢献した。
2012年、6月の日本選手権の400mは佐藤真有に次ぐ2位で2連覇はならなかったが、日本学生個人選手権の400mを制して、個人種目で大学の全国タイトルを初めて獲得した。9月の日本インカレは2走を務めた4×400mリレーで2連覇に貢献した。
2013年、6月の日本選手権の400mは7位で3大会連続の表彰台を逃した。日本学生個人選手権の800mは2位、1走を務めた9月の日本インカレと10月の日本選手権リレーの4×400mリレーはそれぞれ2位に終わり、大学4年時は全国タイトルを獲得することはできなかった。10月の東アジア大会には2大会連続で日本代表に選出され、400mで4位、アンカーを務めた4×400mリレーで銀メダル獲得に貢献した。
大学院生時代
2014年、数々の名選手を育て上げた川本和久から指導を受けるため[6]、福島大学大学院に進学。6月に日本選手権の800mで5位に入り、この種目では日本選手権初の入賞を果たした。