法雲寺 (堺市)

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所在地 大阪府堺市美原区今井192
位置 北緯34度33分6秒 東経135度32分54秒 / 北緯34.55167度 東経135.54833度 / 34.55167; 135.54833
山号 大寶山
宗派 黄檗宗
法雲寺
山門
所在地 大阪府堺市美原区今井192
位置 北緯34度33分6秒 東経135度32分54秒 / 北緯34.55167度 東経135.54833度 / 34.55167; 135.54833
山号 大寶山
宗派 黄檗宗
寺格 中本山格
本尊 釈迦如来薬師如来阿弥陀如来
開山 伝・空海
中興年 寛文12年(1672年
中興 慧極道明
正式名 大寶山 法雲禅寺
札所等 河内西国霊場第6番
文化財 山門、天王殿、大雄宝殿ほか(市指定有形文化財
公式サイト 大寶山 法雲禅寺
法人番号 7120105003730 ウィキデータを編集
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法雲寺(ほううんじ)は、大阪府堺市美原区にある黄檗宗の中本山格の寺院山号は大宝山。本尊釈迦如来薬師如来阿弥陀如来。法雲禅寺とも呼ばれる。ツツジの名所としても有名である[1]

寺伝によると、当寺は空海による創建であるとされる神福山長安寺(ちょうあんじ)という真言宗の寺院がその前身であるという。しかし、元和6年(1620年)に狭山池の堤防が決壊し、西除川の氾濫によって寺の建物が流されたという[2]

その後、明暦年間(1655年 - 1657年)頃に曹洞宗の僧・宗月が、長安寺の寺地を今井村から譲り受けると、寛文11年(1671年)に地中より観音像を掘り出し、草庵を建てて安置し再興した[2]

翌寛文12年(1672年)に宗月は山城国宇治にある黄檗山萬福寺の開祖・隠元隆琦の弟子である慧極道明(えごくどうみょう)を招いて寺地を譲ると、慧極は当寺を中興させた[2]

寛文13年(1673年)に慧極は江戸幕府の許可を受けて当時の寺号を大宝山法雲寺と改め[3]黄檗宗の寺とした。

慧極は延宝5年(1677年)に禅堂を、延宝8年(1680年)に鐘楼を建立し、その後30年をかけて大門、大方丈、開山堂、斎堂、天王殿、長生閣などの二十数棟を整備した。

元禄10年(1697年)に狭山藩後北条氏の末裔が藩主)の第5代藩主北条氏朝は慧極と師弟の約を結び、以後、当寺は北条家の菩提所となった。墓地の中央には、第11代藩主北条氏燕の墓がある。

境内

天王殿
大雄宝殿
  • 大雄宝殿(だいおうほうでん、本堂、堺市指定有形文化財) - 貞享元年(1684年)建立。桁行五間、梁間四間、一重、寄棟造、錣葺(しころぶき)、本瓦葺で建てられ、棟の両端には鯱と中央に宝珠を飾る。寄棟造となっているのは、古くから中国では寄棟造が最も格式ある屋根の形式であることに由来している。建築は大工大坂石灰町家持庄兵衛の手による[3]。本尊は貞享元年(1684年)に大坂の豪商・今津浄水居士により寄進された釈迦如来薬師如来阿弥陀如来で、背後に各々小さな尊像を1,111体ずつ配し、合わせて3,333体祀られている[4]
  • 回廊
  • 方丈(堺市指定有形文化財) - 元禄15年(1702年)建立[3]
  • 北条氏燕の墓 - 狭山藩第11代藩主。
  • 耀先殿(ようせんでん) - 狭山藩第5代藩主北条氏朝北条早雲以下の先祖を祀るために元禄15年(1702年)に建立。スリランカパンニャティッサ大僧正から贈られた釈迦如来像や、北条氏と檀信徒各家の位牌等を祀る[4]
  • 開山堂(堺市指定有形文化財) - 元禄14年(1701年)建立。桁行三間、梁間四間、一重の建物で、背面側に桁行四間、梁間二間の後堂(うしろどう)を付設する。建築は大工大坂石灰町家持市良兵衛の手による。扁額「開山堂」は北条氏朝の筆[3]慧極道明禅師坐像を祀り、遺骨が石室内に納められている。扁額「大機」は後水尾天皇の息女光子内親王の筆[4]
  • 厄除大観音像 - 台座を合めると約10メートルの高さがある[4]
  • 放生池
  • 天王殿(堺市指定有形文化財) - 宝永元年(1704年)建立。桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、桟瓦葺で、「天王殿」の扁額を掲げる。棟の両端には鯱をあげ、また中央には宝珠が置かれる黄檗宗独特の建物であり、宇治萬福寺をはじめとして全国にある数ヵ寺にのみ現存する、大阪府下では唯一の建物である。建築は松原村の大工安右衛門が関わったことが知られる[3]布袋尊像(弥勒菩薩坐像)と四天王像、達磨大師像がある[4]
  • 慧極殿
  • 庫裏
  • 鐘楼
  • 南門(竜宮門)
  • 十三重石塔
  • 鎮守堂(堺市指定有形文化財) - 江戸時代中期建立。一間社流造[3]
  • 六角堂
  • 十三重石塔
  • 山門(堺市指定有形文化財) - 貞享4年(1687年)建立。桁行三間、梁間二間、切妻造段違、本瓦葺の門で、正面には山号「大寶山」の扁額を掲げる。屋根は中央間の棟高を一段高くする段違いの棟とし、棟の両端には摩伽羅(まから)を、両脇間には鯱を上げている。黄檗宗特有の建築様式を示す山門で、堺市のみならず我が国最古の実例である。建築は大工大坂七兵衛の手による[3]

文化財

堺市指定有形文化財

  • 山門
  • 天王殿
  • 大雄宝殿
  • 開山堂
  • 方丈
  • 鎮守堂

前後の札所

河内西国霊場
5 大林寺 - 6 法雲寺 - 7 壺井寺

所在地

  • 大阪府堺市美原区今井192

アクセス

脚注

参考文献

外部リンク

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