活水女子短期大学
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大学全体
- 長崎県長崎市に所在した日本の私立短期大学で、設置主体は学校法人活水学院[注 3]。
- 国内で最初に認可された短期大学149校[注 4]の1校として、1950年に3学科体制で開学した[3]。さらに1977年には学科の増設により最大で4学科を擁するようになった。
- 2003年度の入学生を最後に[注釈 2]、2005年に短期大学としての使命を終える[注釈 3]
建学の精神(校訓・理念・学是)
- 学是は「キリスト教精神による全人的教育」となっている。
教育および研究
- キリスト教精神による全人的教育が特徴となっていたことから、「キリスト教学」といった一般教育科目やチャペルアワーなどがあった。
学風および特色
- 1879年、エリザベス・ラッセル宣教師により設置された「活水女学校」が起源となっており、その伝統からキリスト教思想に基づいた教育がベースとなっていた。
沿革
女学校時代
- 1879年
- 12月 エリザベス・ラッセル宣教師によって東山手16番地に女学校が創立される(創立時の正式な校名は不明)。
- 1881年
- 1884年
- 10月 蛍雪会を創設。
- 1887年
- 4月 - 初等科・中等科・高等科・音楽科・技芸部を設置。
- 1892年
- 6月 - 活水同窓会が発足。
- 1911年
- 1918年
- 7月 校章を制定。
女学校・女子専門学校併設時代
- 1919年
- 1922年
- 4月 専門部に家政科を置く。
- 1923年
- 12月 初代校歌を制定。
- 1926年
- 10月 鉄筋コンクリート造4階建ての女学校新校舎が完成。
- 1928年
- 9月 創立者エリザベス・ラッセルが死去(92歳)。同年12月に追悼式を執行。
- 1933年
- 1月 鉄筋コンクリート造4階建ての女子専門学校の新校舎が完成(女学校校舎と接続)。
- 1942年
- 4月 第二代校歌を制定。初代校歌は創立記念の日の歌とする。
- 1944年
- 1945年
- 8月9日 長崎市への原子爆弾投下により、職員9名、生徒80名が犠牲となる。
- 11月 家政科を保健科・被服科に改編。
- 1947年
- 1948年
- 1949年
- 7月 寄宿舎を新築。
短期大学の設立以後
基礎データ
教育及び研究
学科
専攻科
- 食物栄養専攻 入学定員30名:食物栄養系の短期大学卒業者が上級クラスの栄養職を目指すひとのための専攻課程で大学評価・学位授与機構に認定されていた。
- 音楽専攻 入学定員10名[注 37]
- 英文専攻 入学定員30名[注 38]
取得資格
教職課程
その他の資格
研究
- 『活水論文集』[108]
学生生活
大学関係者と組織
キャンパス
- 図書館・体育館・学生寮
卒業後の進路
他大学との協定
関連項目
関連サイト
- 活水女子大学(活水女子大学ウェブサイト)