浦西和彦
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業績
プロレタリア文学および大阪出身の文学者の書誌を多く作成した[5]。また論考の多くが、先行研究における書誌的事項の誤りを正すのに費やされている[6]。浦西は書誌学が為し得る工夫を重ね、役に立つ便利な仕掛けを考え、文学研究をより実りあるものに仕立てたのである[7]。『現代文学研究の枝折』には、各種の論考に付け加えて、「私にとって書誌作成は、文学研究の環であり、研究の上で実際に役立つためである」と記している[8]。
浦西は自らの意見や気持ちで直言するのではなく、徹底して資料から知り得る第三者の言質を綾なすことによって、そこから醸し出される「意味」の世界を読者自身に感じ取らせるという認識方法を提示した[9]。例えば葉山嘉樹の生涯について、戸籍謄本や新聞記事などの同時代資料のみならず、信頼できると判断された書き手の述懐・記述など、とにかく第三者の言質を「引用の集大成」として描き出した[9]。葉山の死亡の記述さえ、自らの言葉で言うことを避けて、誤記を指摘しながらも新聞社の死亡告知によって語らしめるほどであった[9]。
中野重治は浦西の研究姿勢に言及して、「あくまで面倒な、正確を期して自分の時間と足とでした事実調査の結果を具体的にさしだすこと」について、「事実しらべというのはこうもありたい」と高く評価した[10]。浦西の研究は多くの作家にも感謝されることも少なくなく、例えば開高健から自身の愛用のメモ用紙を貰い、さらには豚の丸焼き付きのフルコースをご馳走になったこともあった[11]。