浮世根問

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浮世根問』(うきよねどい)は古典落語の演目。別題に『無学者』(むがくしゃ)、『無学者論』(むがくしゃろん)[1]。もとは上方落語の演目で、2代目柳家小せん東京に移入した[2][注釈 1]

八五郎が物知りな隠居にいろいろなことを質問し[注釈 2]、最後に極楽の所在を問うという内容。武藤禎夫は「同じ八公相手の隠居でも、『やかん』『千早振』に出てくる知ったかぶりのこじつけ話と違って、温和な人柄がにじみ出てくる」と評している[5]。演者の一人だった5代目柳家小さんは、『やかん』と違ってこの演目の隠居は物を知っており、そのあたりを区別しなければならないと述べている[6]

落ち(サゲ)は仏壇ろうそく立てに「亀の背中に鶴が乗る」意匠が多いことに由来するが、この内容は、安永5年(1776年)に刊行された江戸小咄本『鳥の町』の一編「根問」に見える[5]。宇井無愁は「参考」として、それより古い宝永4年(1707年)に京都で刊行された『露休置土産』第2巻9話「鶴と鶯の評論」(鶴を描いた屏風を客からではないかと言われた持ち主が鳥の種類を教えると、客が「鶴なら蝋燭立てをくわえているはず」と言う内容)を挙げている[4]。現代では馴染みがないため、サゲの前で切り上げられることが多い[1]

八五郎が横町のご隠居を質問攻めにする。この噺では、「嫁入り」という語は本来は「娘入り」が正しいのではないかという問いから始まって、やがて慶事の象徴である鶴亀は死んだらどこに行くのか、という展開になる。隠居は極楽に行くと答えるが、八五郎は今度は極楽はどこにあるのかと問い返す。最終的に隠居は極楽はここにあると言って、自宅の仏壇を指差す。ここで八五郎は話を戻して「では鶴や亀は仏となってここに来るのですか?」と聞くと、隠居は「いや、鳥畜類は仏になれない」と答える。八五郎が「ではどうやってここに来るんですか?」と聞き返すと、隠居は答える。

「ろうそく立てになる」

バリエーション

隠居の「亀は万年」に対して八五郎が「縁日で買った亀がその晩に死んだ」と質問すると、隠居が「その日が万年目だった」と答える内容を入れる場合がある[5]。このくすぐりは、古くは寛永5年(1628年)の『醒睡笑』第2巻「躻(うつけ)」第21話に見える[5]

口演の特徴

脚注

参考文献

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