海員閣

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本社所在地 日本の旗 日本
231-0023
神奈川県横浜市中区山下町147番地
北緯35度26分35秒 東経139度38分45秒 / 北緯35.44306度 東経139.64583度 / 35.44306; 139.64583座標: 北緯35度26分35秒 東経139度38分45秒 / 北緯35.44306度 東経139.64583度 / 35.44306; 139.64583
設立 1936年
有限会社海員閣
海員閣(2024年2月24日撮影)
種類 特例有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
231-0023
神奈川県横浜市中区山下町147番地
北緯35度26分35秒 東経139度38分45秒 / 北緯35.44306度 東経139.64583度 / 35.44306; 139.64583座標: 北緯35度26分35秒 東経139度38分45秒 / 北緯35.44306度 東経139.64583度 / 35.44306; 139.64583
設立 1936年
業種 小売業
法人番号 9020002041924
事業内容 広東料理中華料理
外部リンク www7b.biglobe.ne.jp/~haiyuange-the3/
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海員閣(かいいんかく)は、神奈川県横浜市中区山下町横浜中華街・香港路にある広東料理中華料理[1][2]1936年創業の老舗として知られる[3][4]

中華街大通りから香港路に入った路地に位置し[3][5]、かつては平日でも行列ができる[1][6]「中華街屈指の行列店」と評されていたが[2][7]、2022年9月以降は完全予約制となっている[8]

1936年(昭和11年)創業[3][8]。初代は聘珍楼の料理長だった張汝琛(中国出身[3])で[9][7]、店名は、外国船の船員を主な客として始めたことに由来する[3]

2017年7月から長期休業し、代替わり・厨房改装を経て[3]、2018年5月に昼のみ・1階席のみの「試運転営業」を再開した[10][11]。創業以来コークス窯を用いていたが[2][7]、維持管理の事情などから2017年6月末の閉店時に使用を終了し[12]、再開後はガス火に転換した[3][13]

2022年9月以降、店主1名による体制となり、完全予約制でコース料理の提供と焼売の土産販売を行っている[8]

主なメニュー

豚バラ飯
焼売

長く継承されている品として、豚バラ・牛バラの煮込み(そば・飯)、焼売[14]、車海老の殻煮などがある[4][10][15]。豚バラ肉は塊のまま茹で、揚げたのちに煮込む調理法が用いられており[3]、牛バラは八角桂皮などの香辛料とともに加熱され、口の中でほろりと崩れる軟らかさになる[15][7]

文化における言及

  • 小津安二郎の日記には、同店での食事の記述が繰り返し見られ、サンマーメンと焼売を好んでいたという[16][17]。小津は松竹関係者や俳優、共同脚本家の野田高梧らとともに、同店をよく訪れ、くつろいだ雰囲気の中で食事や酒を楽しんでいたという[16]。『小津安二郎の食卓』を著した貴田庄も同店を訪れており[16]、同書で「海員閣こそが『秋刀魚の味』の脚本に登場するサンマーメンの出どころに違いない」と述べている[17][18]
  • 獅子文六は海員閣を称賛しており、エッセイ『二人の中国料理人』では創業者の張汝琛を紹介している[7]。また、小説『やっさもっさ』には「水師閣」の名で登場する[7][9]
  • 漫画『美味しんぼ』2巻「手間の価値」(1985年刊)に登場する店「大南楼」のモデルとされる[10]。作中では、主人公・山岡士郎が接客に不満を募らせる場面が描かれているが[10]、後年の報道では温かい雰囲気の店として紹介されている[10][15]

出来事

2020年3月3日、新型コロナウイルス流行下で、中国人を中傷する匿名の手紙が店舗に届いた事案が報じられた[19][20][21]。その後、SNS上の応援や「料理を食べて応援しよう」という支援の動きが伝えられた[22][23][24]

ギャラリー

脚注

外部リンク

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