深谷篤
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愛工大名電高では2年夏に続き3年春は主将で甲子園に出場して本塁打。法政大学(1995年の大学選手権優勝に正選手として貢献)、卒業後三菱自動車岡崎でいずれも主に二塁手としてプレーし、1999年にセントラル・リーグ東京審判部に入局。
2014年には、同期入局の嶋田哲也と共に日本シリーズ(阪神対ソフトバンク戦)に初出場を果たし、10月29日の第4戦(ヤフオクドーム)で球審を務めた[1]。
2017年7月14日、地元愛知のナゴヤドームで行われたオールスターゲーム第1戦で球審を務めた[2]。
2019年に日本で開催された第2回WBSCプレミア12スーパーラウンドおよび順位決定戦に派遣され、4試合に出場した。3位決定戦では二塁塁審を務めた[3]。
2023 ワールド・ベースボール・クラシックでは、フロリダ州マイアミで開催の準々決勝2試合で審判を務めた[4][5][6]。
2024年シーズンに同年齢の津川力と共にクルーチーフに昇進したが、2025年シーズンから再び一般審判員となる。
2026年4月3日に行われた埼玉西武ライオンズ対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で球審して出場した際、4回裏カナリオのファールボールを左手に受け負傷交代をした。[7]
さらに4月15日に行われた千葉ロッテマリーンズ対北海道日本ハムファイターズ戦で球審として出場した際にも、1回裏に打者寺地隆成の折れたバットが直撃し、負傷により1ヶ月で2回目の途中交代となる珍事が起こった。[8]
エピソード
2010年5月1日の東京ヤクルトスワローズ対横浜ベイスターズ8回戦(神宮球場)で球審を務めた。5回裏一死二塁三塁の場面で、代打・宮本慎也の一ゴロで三塁走者の藤本敦士が本塁生還を試みると、武山真吾がタッチをしていないにもかかわらずタッチアウトと判定した。藤本はこの判定に抗議し深谷の胸ぐらを掴みかかったため、退場処分とした。試合終了後、ヤクルトの大木球団常務は、深谷の判定を不服とし、プレーの映像を添えて文書をコミッショナー事務局に提出する意向を示した[9]。
上記の藤本以外にも2007年に広島のマーティ・ブラウン監督を侮辱行為として、2012年にDeNAの中畑清監督を暴力行為として退場処分としている。
審判出場記録
表彰
- 審判員奨励賞(2016年)[10]
(記録は2022年シーズン終了時)