清水聖士
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鎌ケ谷市長としての実績
広島県三原市出身。修道高等学校を経て[2]、筑波大学第一学群人間学類に入学するも中退し、1984年に早稲田大学法学部を卒業。伊藤忠商事に勤務した後、アメリカ合衆国ペンシルベニア大学大学院ウォートン・スクールにてMBAを取得。帰国後、外務省に転じ、米国、インドで勤務した[3]。
2002年5月30日、井上裕参議院議員の政策秘書らによる入札妨害事件に絡み、鎌ケ谷市長の皆川圭一郎が収賄容疑で逮捕される(鎌ケ谷市汚職事件)。皆川の辞職に伴い7月28日に行われた市長選挙に、民主党・旧自由党・社民党の推薦を受けて立候補。5人の候補者を斥け初当選を果たした。投票率は48.77%[4]。
2018年、元市議の岩波初美を破り5期目の当選。投票率は33.42%[5]。
2021年4月7日、第49回衆議院議員総選挙に日本維新の会公認で千葉13区より立候補することを表明[6]。6月10日、市議会に辞職届けを提出し同日付で辞職が許可された[7]。同年10月31日の総選挙では千葉13区において得票率19.1%の3位に終わった。さらに重複立候補していた比例南関東ブロックでも惜敗率が42.38%と全体の4位であり、維新が獲得した3議席に及ばず次点で落選した[注 1]。
次期総選挙となる第50回衆議院議員総選挙に向けて、引き続き同区の支部長を務めていたが、総選挙直前の2024年10月8日、日本維新の会は清水の公認辞退を発表した。関係者によれば一身上の都合としている[8]。
汚職で逮捕された前市長が長年続けてきたハコモノ行政・放漫財政を改革し、「市民の血税は1円たりとも無駄にしない」「最小のコストで最大のサービスを」との経営理念(mission)のもと、財政破綻寸前の状態に陥った鎌ケ谷市を徹底した行政改革により立て直した[9]。
あまりにドラスティックな改革に対し市議会から反発を食らい、鎌ケ谷市の平成20年度予算は市議会により全会一致で否決された[10]。
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールでのMBAの知識を活かし、marketingの概念(既存のサービスを売り込む(selling)のではなく、市民が求める新たなサービスを提供し、売れる仕組みを作る(marketing))を自治体経営に取り入れ、職員には茹でガエル(boiling frog)にならぬよう常に新たな視点を求めた[11]。
- H27年度から3年連続待機児童ゼロ達成。
- 市内全小中学校へきらり先生(少人数指導教員)、ほほえみ先生(特別支援教育推進指導教員)、図書館司書を市費で配置[10]。
- 市営図書館の運営を民間企業(すばる書店)に委託し、それまでの17時閉館を20時まで延長[12]。
- 東日本大震災後のイトーヨーカ堂鎌ケ谷店の建て替えに合わせ、市の文化ホール(きらり鎌ケ谷市民会館)をイトーヨーカ堂の費用負担で建設し、ショッピングモールとの複合型の市民会館を完成させた[13]。
- 新鎌ケ谷地区の区画整理を成功させ(平成16年4月)、ショッピングモール、総合病院、ホテル等誘致。
- 北海道日本ハムファイターズ2軍との交流を活発にし、大谷翔平、ダルビッシュ有、清宮幸太郎、斎藤佑樹等の人気選手入団の際、鎌ケ谷市に関する多くの話題を提供した[2]。