飯田毅

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飯田 毅(いいだ たけし、1918年大正7年>11月2日[1] - 1989年平成元年>12月6日[1])は、昭和時代の政治家千葉県東葛飾郡鎌ヶ谷町第2代町長、鎌ケ谷市初代市長。位階従五位

1918年11月2日、千葉県東葛飾郡鎌ヶ谷村(現:鎌ケ谷市中沢に飯田粲・いゐ夫妻の長男として生まれる。旧制東葛飾中学校卒業後、盛岡高等農林学校(現:岩手大学農学部)に進学し1939年(昭和14年)に卒業[1]。1947年(昭和22年)4月、鎌ヶ谷村議会議員に就任し、以後鎌ヶ谷町議会議員・社会教育委員を務めた[2]

1967年(昭和42年)5月、鎌ヶ谷町長に初当選した。その後市制施行による初代市長就任を経て1983年(昭和58年)4月まで連続4期16年間にわたり首長を務めた[1]。この間、1976年(昭和51年)の新市庁舎の落成、千葉県立鎌ケ谷高等学校や鎌ケ谷市制記念公園の開設に尽力した[3]。1983年4月の統一地方選挙で皆川圭一郎に敗れて市長を退任した[2]。1989年死去。死没日付をもって従五位に叙された[4]

栄典

勲章等

親族

脚注

参考文献

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