皆川圭一郎
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1983年鎌ケ谷市長選挙
千葉県出身[1]。鎌ケ谷市立鎌ケ谷小学校、千代田区立練成中学校、暁星高等学校[3]を経て、1976年(昭和51年)、日本大学理工学部を卒業した[1][4]。卒業後は家業の不動産業に従事し[4]、鎌ケ谷青年会議所副理事長となった[4]。
1983年(昭和58年)、鎌ケ谷市長選挙に出馬予定だった父親(鎌ケ谷市議会議員)が自殺した。その身代わりとして市長選挙に出馬し、現職の飯田毅(初代市長)を破り初当選する[4][5][6]。初当選時の年齢は30歳で、当時全国最年少の市町村長となった[1]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 皆川圭一郎 | 30 | 無所属 | 新 | 22,644票 | 61.30% | 社会推薦 |
| 飯田毅 | 64 | 無所属 | 現 | 14,298票 | 38.70% | 自民推薦 |
1987年鎌ケ谷市長選挙
1987年(昭和62年)の市長選は新人1人との争いになったが、これを大差で破って再選を果たした[7]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 皆川圭一郎 | 34 | 無所属 | 現 | 30,031票 | 75.25% | - |
| 松本進 | - | 無所属 | 新 | 9,876票 | 24.75% | - |
1991年鎌ケ谷市長選挙
1991年(平成3年)の市長選は自民、社会、民社の3党の推薦を受け、前回と同じ新人1人との争いとなり、差が縮まったものの、3選を果たした[8]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 皆川圭一郎 | 38 | 無所属 | 現 | 29,145票 | 69.20% | 自民・社会・民社推薦 |
| 松本進 | - | 無所属 | 新 | 12,974票 | 30.80% | - |
1995年(平成7年)の市長選は自民・新進・公明の3党の推薦で4選を果たした[9]。
市長を5期19年にわたり務めたが、2002年(平成14年)5月30日に、建設会社から裏金の一部を賄賂として受け取ったとして千葉地検特別刑事部に助役らとともに逮捕され、市長を辞職した[1][注釈 1]。辞職後、有罪判決を受けて刑務所に服役する。しかし、持病の肺癌のため刑務所を一時出所して治療中の2006年(平成18年)6月15日に松戸市の病院で死去した[11]。53歳没[11]。