渋谷天外 (3代目)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| さんだいめ しぶや てんがい 三代目 渋谷 天外 | |
|---|---|
| 本名 | 渋谷 喜作 |
| 別名義 | 初代 渋谷 天笑(旧芸名) |
| 生年月日 | 1954年12月1日(71歳) |
| 出生地 |
|
| 身長 | 173 cm |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 喜劇俳優 |
| ジャンル | 舞台・映画・テレビドラマ |
| 配偶者 |
滝由女路(1992年 - 2018年死別) 一般人(2021年 - ) |
| 著名な家族 |
二代目 渋谷天外(父) 九重京子(母) 二代目 渋谷天笑(養子) |
| 所属劇団 |
松竹新喜劇(1977年 - 1984年) 新生松竹新喜劇(1991年 - ) |
| 公式サイト | 公式プロフィール |
三代目 渋谷 天外(しぶや てんがい、1954年〈昭和29年〉12月1日 - )は、日本の喜劇俳優。本名、渋谷 喜作。旧芸名、初代 渋谷 天笑(しぶや てんしょう)。
大阪府出身、和歌山県和歌山市ふじと台在住。「松竹新喜劇」の代表を2023年4月までつとめていた。父は喜劇俳優、劇作家の二代目渋谷天外。
1954年(昭和29年)12月1日大阪に二代目渋谷天外の次男として生まれる。母は元「松竹新喜劇」の女優・九重京子(渋谷喜久栄)。何も知らずに3歳で舞台に上げられる。
私立明星高等学校(大阪府)を経て、京都産業大学経営学科(情報処理専攻)在学中に、見よう見真似で喜劇の台本を書く。
1977年(昭和52年)、大学卒業後、正式に松竹新喜劇に入団する。
初名は渋谷天笑で、名付け親は藤山寛美[1]。その後1984年(昭和59年)に休団し上京、テレビでも活躍する。
1991年(平成3年)、藤山寛美逝去後の「新生松竹新喜劇」の代表に就任。
翌1992年(平成4年)、3代目渋谷天外を襲名する。
現在は「松竹新喜劇」の代表でもあり座長もこなす。
2013年(平成25年) 松尾芸能振興財団 第35回 松尾芸能賞 優秀賞 演劇部門 受賞。
2017年(平成29年) 9月には松竹新喜劇の俳優・胡蝶英治が二代目 渋谷天笑を襲名。天外には2人の娘がいるものの芸能活動を行っていないことから、渋谷の名跡を継ぐこととなった[1]。
私生活では、松竹新喜劇の女優・滝由女路(たきゆめじ)と1992年(平成4年)9月に結婚。滝は結婚を機に退団し「おしどり夫婦」として三代目天外を襲名した夫を支えたが[2]、2018年(平成30年)6月8日に死別した[3]。
ラーメン、カレー、シャンパン、ふるさとを愛する。白浜で料理店を営む兄同様、料理の腕前がプロ級である。
同じ大阪市出身のミュージシャン桑名正博とは親友の間柄で、BOROなど喜劇役者ながら音楽関係者との親交が広い。また吉本新喜劇元座長の辻本茂雄とも親交があり、役者として吉本と松竹の垣根を超えた交流が続いている。
2015年から和歌山県白浜町の観光大使を務め、自身も参加した『白浜SONG』が地元白浜町のご当地ソングとして白良浜ビーチにおいて発表された。
座右の銘は『ぼちぼちいこか』。自身がサインを書く際にはこの言葉を書き添えている。
2021年1月17日、自身が発熱の症状が出た為、病院でPCR検査を受けた結果、新型コロナウイルスの陽性と判明[4]。1月19日、入院していることを公表した[5]。2月19日、退院[6]。出演予定だった舞台『未来記の番人』は降板し、肺の症状が完治するまで自宅で療養を続ける[6]。