Wikiwand AI

沢田美喜

日本の社会事業家 From Wikipedia, the free encyclopedia

沢田 美喜(さわだ みき、1901年〈明治34年〉9月19日[1][2] - 1980年〈昭和55年〉5月12日[3])は、日本の社会事業家。本名︰澤田 美喜(読みは同じ)。

概要 さわだ みき 沢田 美喜, 生誕 ...
さわだ みき
沢田 美喜
1952年の沢田
生誕 1901年9月19日
日本の旗 日本・東京府東京市本郷区(現・東京都文京区)
死没 (1980-05-12) 1980年5月12日(78歳没)
スペインの旗 スペイン・マヨルカ島
死因 心臓発作
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京女子高等師範学校附属高等女学校中退
職業 社会事業家
配偶者 沢田廉三
子供 長男・信一
次男・久雄
三男・晃
長女・恵美子
親 岩崎久弥(父)
寧子(母)
親戚 保科正徳(高祖父)
岩崎弥次郎(曾祖父)
岩崎美和(曾祖母)
保科正丕(曾祖父)
岩崎弥太郎(祖父)
岩崎喜勢(祖母)
保科正益(祖父)
岩崎彦弥太(兄)
岩崎隆弥(兄)
岩崎弥之助(大叔父)
加藤高明(義伯父)
木内重四郎(義叔父)
幣原喜重郎(義叔父)
保科正昭(叔父)
岩崎寛弥(甥)
テンプレートを表示
閉じる

概要

澤田美喜とエリザベス・サンダースホームの子供たち(1950年代)

三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の孫娘として生まれ[4]、外交官の沢田廉三と結婚[4]。4人の子に恵まれる[5]。第二次世界大戦敗戦後、主として在日米軍将兵を相手にした日本人街娼などが出産した混血児(GIベビー)たちの中で、両親に捨てられた東京周辺にいるGIベビー孤児約2000人を、神奈川県中郡大磯町に建設した児童養護施設・エリザベス・サンダースホームに収容して保護・育成した。

略歴

澤田美喜記念館

沢田美喜は隠れキリシタン資料の収集家でもあった。日本各地から貴重なキリシタン資料874点を収集し、神奈川県中郡大磯町の聖ステパノ学園に保管した。澤田美喜記念館では、このうちの約3分の1の資料を展示している[15]。

主な著作

著書

  • 『混血児の母、エリザベス・サンダース・ホーム』(毎日新聞社、1953年)
  • 『歴史のおとし子 エリザベス・サンダース・ホーム10年のあゆみ』(読売新聞社、1958年)、写真影山光洋ほか
  • 『黒い肌と白い心』(日本経済新聞社、1963年)
  • 『黒い十字架のアガサ』(毎日新聞社、1967年)
  • 『母と子の絆 エリザベス・サンダース・ホームの三十年』(PHP研究所、1980年)

伝記

テレビ番組出演

登場するテレビ番組・テレビドラマ

  • 子供たちは七つの海を越えた~サンダースホームの1600人(1978年7月12日、日本テレビ系)
  • 母たることは地獄のごとく 炎の女 澤田美喜(1981年7月8日、日本テレビ系、監督:せんぼんよしこ、脚本:早坂暁) - 澤田美喜 役:京マチ子[21]
  • DRAMA COMPLEX 二千人の孤児の母 澤田美喜物語(2006年8月15日、日本テレビ系) - 澤田美喜 役:松坂慶子[22]
  • テレビ東京開局45周年記念6夜連続特番第4弾 トンネルの向こうはぼくらの楽園だった(2009年3月11日・2009年12月28日(再放送)、テレビ東京系 / 2010年1月3日、BSジャパン)[23] - 自らもハーフである土屋アンナが、初老を迎えたエリザベス・サンダースホームの卒園生たちを訪ね歩き、彼らの今を見つめた[23]。

受賞・栄誉

脚注・出典

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks