加糖練乳
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名称・表記
英語のcondensed milk(直訳的には「凝縮された牛乳」)は濃縮乳全般を指す概念である[3][4]。日本では「コンデンスミルク」が加糖全脂練乳の通称として用いられており[3]、砂糖を加えないで精製した無糖練乳(エバミルク、英: evaporated milk に由来)とは区別されている[4]。
英語のcondensedは /kəndénst/ と発音し[5]、カナ転記としては「コンデンストミルク」表記が近いが[2]、「コンデンスドミルク」とも表記される[6]。「コンデンスミルク」という表記は1872年(明治5年)の『新聞雑誌』記事に用例が見られる[7]。
なお漢字表記する場合、「加熱精製した乳」という意味を含む「煉乳」が本来の用字であるが、「煉」が常用漢字に含まれていないことから、法令では「れん乳」、新聞等では「練乳」と書かれる。
製法
成分
用途
加糖れん乳は、当初は新鮮な牛乳を得にくい場所で、湯で薄めて飲用にしたり、コーヒーや紅茶などに加えて飲むために用いられた。現在も、ベトナムではコーヒーに加糖れん乳を入れて飲むのが一般的で、この飲用法は日本でもベトナムコーヒーとして知られつつある。日本では一部のコーヒー飲料にも使われていて、マックスコーヒーに代表されるような濃厚な甘みとミルク感を持つコーヒー飲料を作り出したりしている。また、香港では香港式ミルクティーの一種の「茶走」(チャーザウ)や鴛鴦茶の一種の「鴦走」(ヨンザウ)として紅茶などに用いられている。オーストラリアやニュージーランドなど、個人携行用の戦闘糧食にチューブ入りの加糖れん乳が含まれている国がある。
現在の日本では、飲用よりもイチゴやかき氷にかける、パンに塗る、菓子やアイスクリームを作る時の材料として用いるなどの用途が多い。
一時期、母乳が得られない時に育児用に用いられたこともあるが、乳児が分解しづらいショ糖や乳脂肪が多く含まれ、逆に核酸などの不可欠な成分が不足するため、専用の育児用粉ミルクが開発された現在では避けられている。
歴史
日本の乳業史においても、加糖練乳の生産は大きな役割を果たした。牛乳を保存のきく商品にする加糖練乳の生産は、産業化・企業化の出発点となったためである。
日本における練乳生産史は、1869年(明治2年)に実業家の前田留吉、吉野郡造らが練乳製造を試みた事に始まり、1884年(明治17年)には、辻村義孝・村瀬六太郎らによって「東京煉乳会社」が設立され生産が始まった。同年には、千葉県安房地方で根岸新三郎が生産を開始した。さらに根岸は、1893年(明治26年)に千葉県内で「安房煉乳所」を開設し、より本格的な練乳生産を開始した[8]。
1896年(明治29年)には、静岡県三島市の花島兵右衛門が「真空釜」の開発に成功し、外国産に引けを取らない上質な国産練乳の量産を実現、「金鵄ミルク(きんしミルク)」としてブランド化した[9][10]。
また、1915年(大正4年)には、長野県須坂市の畜産組合、北海道函館市のトラピスト修道院で練乳の製造に着手した[11]。
森永乳業は千葉県の煉乳製造企業であった「愛国煉乳」を買収・改組する形で「日本煉乳」として創立された企業で[12][13][14]、昭和時代の戦前期には「森永煉乳」と称していた。また、明治乳業(現・明治)のルーツも「房総煉乳」や「極東煉乳」といった企業に求められる。
加糖練乳にまつわる話
- 加糖練乳にカルシウムを加えて薄く板状に固形化した菓子があり、「ミルクケーキ」という商品名をつけられている事が多い。
- ミルクジャムという名称の商品もあるが、多くは糖分によって少しキャラメル風味を持たせた加糖練乳である。
- 加糖練乳の缶詰を数時間茹でることで糖分がメイラード反応を起こしドゥルセ・デ・レチェとなる。中南米でよく作られる。
- アイスクリームのブランド「レディーボーデン」(2018年現在、日本ではロッテが生産・販売している)の名は、加糖練乳を工業化したゲイル・ボーデンに由来する。もともとは米国のボーデン社の商標で、ボーデン社はゲイル・ボーデンが興した企業をルーツとする。
- 沖縄県では「ワシミルク」ともいわれる。これは米軍統治時代から親しまれてきたイーグルブランド(Eagle Brand、ゲイル・ボーデンが創始したブランド)の缶デザインに由来する。
- 第二次世界大戦中の日本では、天皇・皇后から救護施設や託児所等への下賜品に加糖練乳が用いられることがあった(1942年8月8日)[15]。
