熊朝忠
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フライ級
2006年8月15日、昆明市のエキスポガーデンホテルでデビュー戦を行い、4回判定で引き分けた。
2008年3月21日、瀘州市でナムチャイ・タクシンイサーンとABCOコンチネンタルフライ級王座決定戦を行い、初回KO勝ちで王座を獲得した。
2008年11月6日、成都市の四川体育館で挑戦者ジュリアス・アルコスと対戦し、プロ初黒星となる12回0-3(114-116、115-118、110-117)の判定負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した。
2009年5月26日、東京都のディファ有明にてWBC世界フライ級王者の内藤大助と対戦し、12回0-3(110-114、111-114、111-113)の判定負けを喫し王座を獲得出来なかった[3]
2009年7月7日、後楽園ホールで粉川拓也と52.2kg契約10回戦を行い、10回0-3(93-99、93-98、94-96)の判定負け[4]。
ライトフライ級
2010年1月24日、昆明のエキスポガーデンホテルでヒーロー・パタナカーンジムとABCOコンチネンタルライトフライ級王座決定戦を行い3回KO勝ち、2階級制覇に成功した。
2010年7月9日、昆明のエキスポガーデンホテルで佐藤靖明(西遠)と対戦し、10回3-0(98-94、98-93、96-94)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。
2010年12月18日、昆明の昆明体育館でポンパン・パタナカーンジムとIBFパンパシフィックライトフライ級王座決定戦並びにABCOライトフライ級暫定王座決定戦を行い、4回23秒KO勝ちを収め両王座を獲得した。
2011年11月19日、昆明のエキスポガーデンホテルでWBCチャイナゾーンライトフライ級王座決定戦を飯田大介(三津山)と行い、12回3-0(119-107、118-109、119-108)の判定勝ちを収め王座を獲得した[5]。
2012年4月22日、富山県・立山町の立山町民会館で小野心(ワタナベ)とライトフライ級契約8回戦を行い、8回0-3(75-77、76-77×2)の判定負け。
2012年6月16日、昆明の昆明体育館でオズワルド・ラソンとWBC世界ライトフライ級シルバー王座決定戦を行い、12回3-0(115-112×2、114-113)の判定勝ちを収め王座を獲得した。
ミニマム級
2012年11月25日、昆明の昆明体育館で井岡一翔の王座返上に伴いWBC世界ミニマム級5位のハビエル・マルチネスとWBC世界ミニマム級王座決定戦を行い、12回3-0(116-114、116-112、119-110)の判定勝ちを収め中国人初の世界王者になった[6]。
熊朝忠に中国でのボクシング人気構築を期待するWBC会長ホセ・スライマンは熊と強豪デンバー・クエリョとの対戦を回避させる為、クエリョに対戦待機料として25,000ドルを支払っている[7]。
2013年6月28日、ドバイのドバイワールドトレードセンターでWBC世界ミニマム級1位でWBC世界ミニマム級シルバー王者のデンバー・クエリョと対戦し、初回にダウンを奪われるがその後クエリョが右肩を負傷したことで持ち直し、12回2-0(113-113、115-112、113-110)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[8]。その後、現地のプロモーターがクエリョのファイトマネー2万4千ドルを含む、熊のファイトマネー、航空運賃、会場費、ジャッジへのギャラなどを未払いであることが発覚した[9][10]。
2013年11月30日、馬関県にて当初はWBC世界ミニマム級7位のオマリ・キンウェリと対戦する予定だったが、試合直前に入国審査が通らなかったためルーラック・キャットマンミーと対戦し、5回1分59秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[11]。
2014年2月5日、海口市の海口体育館でWBC世界ミニマム級2位のオズワルト・ノボアと対戦し、プロ初のKO負けとなる5回2分36秒KO負けを喫し3度目の防衛に失敗、王座から陥落した[12]。
2014年10月25日、モナコモンテカルロのモンテカルロ・スポーティングでWBA・IBO世界ミニマム級王者ヘッキー・ブドラーと対戦し、12回0-3(112-114×2、108-118)の判定負けを喫しWBCに続く王座獲得とはならなかった[13]。
2015年2月22日、文山市で日本ミニマム級5位の山本浩也(全日本パブリック)とWBCインターナショナルミニマム級王座決定戦で対戦し、10回3-0(97-93、98-92、98-94)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[14]。
2015年9月18日、寧波市の雅戈尓体育館でOPBF東洋太平洋ミニマム級王座を決定戦でクリソン・オマヤオと対戦し、10回3-0(99-91、98-92、97-93)の判定勝ちを収めインターナショナル王座は初防衛、東洋太平洋王座を獲得した[15]。
2016年5月25日、北京の北京国家体育場内ダイヤモンド・スタジアムでIBF年次総会の目玉としてアムナット・ルエンロンVSジョンリル・カシメロの前座でIBF世界ミニマム級5位のホセ・アントニオ・ヒメネスとIBF世界ミニマム級挑戦者決定戦を行い、12回1-2(113-114×2、116-111)の判定負けを喫しホセ・アルグメドへの挑戦権を獲得出来なかった[16]。
2017年10月3日、大同市の山西大同大学でWBO世界ミニマム級1位のペッチマニー・ゴーキャットジムとWBAインターナショナルミニマム級王座決定戦を行い、12回2-0(115-113、116-112、114–114)の判定勝ちを収め王座を獲得した[17]。
2018年7月27日、青島市の青島国信体育館でWBA世界ミニマム級王者ノックアウト・CPフレッシュマートと対戦し、12回0-3(110-118×2、112-116)の判定負けを喫しWBCに続く王座獲得とはならなかった。熊は試合後に引退を表明した[18][19][20]。