牧阿佐美
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生い立ち
東京府東京市(現在の東京都杉並区阿佐谷[5])生まれ。バレエダンサー、インド文化研究家の牧幹夫を父に、バレリーナ、振付家、バレエ指導者の橘秋子を母に持つ[2]。
1933年5月12日に誕生[5]。両親は牧の出生届を翌年まで提出せずにいたため、そのことを知った祖母が秋子の従姉妹の子として手続きを行った。戸籍には「昭和9年生まれ」「福田サクの養女」と記されている。牧のプロフィールに「昭和9年生まれ(1934年)」となっているのはこのためである[5]。母の秋子はバレエダンサーとして身を立てたばかりであり、また当時はバレリーナが結婚・出産することは舞踏家として不利になることが多かったため、生後18日から小学5年生まで他家に預けられ育つ[6][5]。父母の結婚は双方の家族から宗教の違いなどを理由に反対を受けていたこともあり、正式なものではなかったという[7]。
母の秋子は、バレエの早期教育を提唱していたため、牧も4歳の頃より文京区小石川から杉並区宮前にあった母が主宰する橘バレエ学校に通ってレッスンを受けた[8][5]。同年、父がインドに渡航する。
バレリーナとして


1954年アメリカに留学、アレクサンドラ・ダニロワ、イゴール・シュヴェッツォフに師事した[2]。
1970年に父の幹夫がインドで客死し、1971年に母の秋子も死去した[9]。1971年に現役を引退し、橘バレヱ学校校長として後進の育成、指導にあたった[2]。1999年から新国立劇場舞踊芸術監督に就任し、新国立劇場バレエ団を率いた[2]。
2010年、新国立劇場舞踊芸術監督を退任。後任にはイギリスバーミンガム・ロイヤル・バレエ団芸術監督のデヴィッド・ビントレーが就任した[10]。
振付師として古典バレエの改訂演出の他、『牧阿佐美の椿姫』、『ア・ビアント』(三谷、D・ウォルシュとの共作)などを発表した。
逝去
2021年10月20日11時35分、大腸ガンのため東京都内の自宅で死去した[8]。87歳没。
牧の没後の10月26日、日本政府より牧に文化勲章が授けられることが発表されたが、叙勲内定の伝達は死没日の前日の19日であったとのことである[11][12]。日本国政府は牧の死没日を以て従三位に叙した[13][14]。牧のお別れの会は自身所縁の深い新国立劇場にて当初2022年1月18日に予定されたものの、新型コロナなどの影響で延期となり[15]、同年9月6日に新国立劇場中劇場にて執り行われた[16]。
家族・親族
賞歴
栄典
著書
- 『バレエに育てられて 牧阿佐美自伝』(2009年、新書館) ISBN 978-4-403-23112-4