犬飼城
From Wikipedia, the free encyclopedia
(栃木県) | |
|---|---|
|
本丸(主郭) | |
| 別名 | 根古屋城[1] |
| 城郭構造 | 平山城[2] |
| 築城主 | (伝)小山義政[2][3] |
| 築城年 | (伝)康暦元年(1379年)[2][3] |
| 主な城主 | 小山氏または宇都宮氏[4] |
| 遺構 | 堀、土塁、井戸、櫓跡[1] |
| 指定文化財 | 未指定[5] |
| 再建造物 | なし |
| 位置 | 北緯36度31分54.5秒 東経139度50分04.7秒 / 北緯36.531806度 東経139.834639度座標: 北緯36度31分54.5秒 東経139度50分04.7秒 / 北緯36.531806度 東経139.834639度 |
| 地図 | |
犬飼城(いぬかいじょう)は、栃木県宇都宮市上欠町にあった城。根古屋城(ねごやじょう)とも称する[1][3]。城に関する伝承はほとんど残っていないが、城跡としての保存状態は良い[1]。
歴史
城に関する伝承はほとんど残っていない[1]。『姿川村誌』によると、小山城の支城として、康暦元年(1379年)に小山義政が築城したという[2]。元亀年間(1570年 - 1573年)には北条氏政に攻め込まれ、小山政長と小山秀綱が応戦したが落城し、元亀4年(1573年)に犬飼康吉が犬飼12郷を治めて城主となるが、宇都宮氏に攻め落とされたとされる[2]。
しかしながら、実際には犬飼城の周辺は宇都宮氏の所領であり、しかも宇都宮氏と小山氏は合戦を交える敵対関係にあったことから、小山氏が敵陣に単独で支城を築くとは考えにくい[4]。また築城年とされる康暦元年(1379年)説も、現存する遺構の複雑さからして疑わしい[4]。そこで、宇都宮氏が戦国時代に防備拠点の1つとして築いたと考えるのが妥当である[5]。
城下の個人宅には城主に仕えた家老であったとの伝説が残る[1]。
保護・継承活動
地元の姿川地区まちづくり協議会では、小学4年生向けに犬飼城をはじめとする地域の歴史や文化をまとめた副読本を作成し、姿川地区にある4つの小学校に配布し、子供たちに文化財を伝える活動を行っている[7]。また2018年(平成30年)3月15日には、姿川地区まちづくり協議会が宇都宮市立姿川第一小学校体育館に使われていた床材を再利用して案内板を設置した[6]。


