王家の谷
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所在地エジプト、ルクソール
座標北緯25度44分27秒 東経32度36分8秒 / 北緯25.74083度 東経32.60222度座標: 北緯25度44分27秒 東経32度36分8秒 / 北緯25.74083度 東経32.60222度
建設c. 16th century BC
建設目的エジプト新王国の王墓
| Valley of the Kings وادى الملوك ϫⲏⲙⲉ (コプト語) Ta-Sekhet-Ma'at(エジプト語) | |
|---|---|
KV62周辺 | |
| 所在地 | エジプト、ルクソール |
| 座標 | 北緯25度44分27秒 東経32度36分8秒 / 北緯25.74083度 東経32.60222度座標: 北緯25度44分27秒 東経32度36分8秒 / 北緯25.74083度 東経32.60222度 |
| 建設 | c. 16th century BC |
| 建設目的 | エジプト新王国の王墓 |
| 登録名: 古代都市テーベとその墓地遺跡 | |
| 区分 | 文化遺産 |
| 基準 | i, iii, vi |
| 登録日 | 1979 (third session) |
| 登録コード | 87 |
| Region | アラブ地域 |


王家の谷(おうけのたに)は、エジプト、テーベ(現ルクソール)のナイル川西岸にある岩山の谷にある岩窟墓群のこと。古代エジプトの新王国時代の王たちの墓が集中していることからこの名があり、24の王墓を含む64の墓が発見されている。
西の谷や東の谷、北の谷があり、東の谷に3560、西の谷に590、北の谷に473の墓がある。
当時の正式名称は、
であり、「テーベの西にあるファラオの何百万年もの歴史、生命、力、健康を物語る偉大で荘厳な墓地」もしくはTa-sekhet-ma'at (大いなる野原)である[1]。
新王国時代以前の王の墓の多くが盗掘に遭っていたことから、トトメス1世によって初めて自分の墓のありかを隠す目的でこの谷に初めて岩窟墓が建設された。
その後の長い歴史の中で王家の谷にある墓の多くも盗掘を受けたが、1922年に発掘されたツタンカーメン(トゥトアンクアメン)王の墓は唯一ほぼ未盗掘で、副葬品の財宝がほぼ完全な形で発見された。
墓にはKV1~KV64という名前がつけられている。KVはKings Valleyの頭字語、数値は発見順の連番である。ただし西の谷の墓はWVで始まり、WV22~WV25となっている。
歴史上、何度も洪水の被害(1994年のフラッシュフラッドなど)にあっているため、20世紀後半から壁などを整備しているが、あまり効果的な減災効果が見込まれていない[2]。