瓜生野城 (土佐国) From Wikipedia, the free encyclopedia 瓜生野城(うりうのじょう)は、土佐国(現高知県長岡郡本山町瓜生野)にあった中世の日本の城。 永禄7年(1564年)4月7日、本山茂辰は長宗我部元親の攻勢のため、本山城を放棄し、同じ本山郷内の瓜生野城に籠もって徹底抗戦する[1]。 だが、この最中に茂辰が病死した[注釈 1]。茂辰の死後、嫡子の本山貞茂(親茂)(元親の甥にあたる)が跡を継ぎ、元親に抗戦を続けた[1]。 永禄11年(1568年)、元親は瓜生野を攻め、貞茂を降伏に追い込んだ(『元親記』、『土佐国蠹簡集』)[1][3]。元親は貞茂やその母(本山夫人、元親の姉)らを岡豊に送り、岡豊城下に居住させた[1]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ なお、茂辰は病死したとする史料的根拠はなく、『長宗我部地検帳』に記載された「本山大夫入道」を出家後の茂辰の姿とする説がある。この説によれば降伏した茂辰は出家を条件に助命されて元親の庇護に置かれたものの、これに納得しない妻(元親の姉)や家臣が親茂を擁して抵抗を続けたとする[2]。 出典 1 2 3 4 山本 2009, p. 39. ↑ 朝倉慶景「戦国末期の国人本山茂辰とその家族たち」(初出:『土佐史談』232号、2006年)/所収:平井上総 編『シリーズ・織豊大名の研究 第一巻 長宗我部元親』(戎光祥出版、2014年) ISBN 978-4-86403-125-7)) ↑ 平井 2016, p. 24. 参考文献 山本大『長宗我部元親』(新装版第四刷)吉川弘文館、2009年(原著1960年)。ISBN 978-4-642-05103-3。 平井上総『長宗我部元親・盛親 ―四国一篇に切随へ、恣に威勢を振ふ―』ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本評伝選〉、2016年8月。 関連項目 本山氏 日本の城一覧 Related Articles