本山夫人

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本山夫人(もとやまふじん、生没年不詳)は、戦国時代の女性。本山茂辰正室。実名は不詳。

長宗我部国親の娘として誕生[1]。母は祥鳳玄陽であり、国親との結婚後すぐに誕生したと思われる[2]

土佐一条氏の当主・一条房家の仲介により[3]本山茂辰と結婚した[1][注釈 1]。また、祥鳳玄陽も茂辰の父・本山清茂(茂宗)の姉妹とみられることから、二重の婚姻関係を結んだことで、本山氏長宗我部氏の関係はかなり深まったとみられる[5][6]

そして、茂辰との間に貞茂(親茂)が誕生した[1][7]。だが、その後、本山氏と長宗我部氏は長きにわたる戦いを繰り広げている。

永禄11年(1568年)、貞茂が長宗我部元親(本山夫人の弟)に降伏した[8][9]。その後、本山夫人は貞茂らとともに夫人の実家でもある長岡郡岡豊に送られ、岡豊城下で暮らしている[8]

脚注

参考文献

関連項目

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