田村文生
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東京都杉並区に生まれ、埼玉県川越市に育つ。埼玉県立川越高等学校卒業、東京芸術大学卒業、同大学院修了。ギルドホール音楽演劇学校大学院修了。1995年から1997年まで文化庁芸術家在外研修員としてイギリスにて研修。作曲を北村昭、近藤譲、松下功、R. サクストンに師事。
ブッキ国際作曲コンクール(ローマ)、安宅賞、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、朝日作曲賞、国立劇場作曲コンクール、ジェネシスオペラ作曲賞(イギリス)審査員特別賞など入賞・入選多数。アジア音楽祭、〈東京の夏〉音楽祭、Spitalfields音楽祭(ロンドン)、The State of the Nation音楽祭(ロンドン)、アジア作曲家協議会音楽祭(ソウル)、国際現代音楽協会(ISCM)世界音楽の日々(香港)など国内外の主要な音楽祭で作品が演奏されている。
1994年の第42回全日本吹奏楽コンクール課題曲 III として『饗応夫人-太宰治作「饗応夫人」のための音楽』が選ばれている。課題曲史上最も演奏時間が長く(楽譜指定の速度で約7分)、現代音楽のため拍子・テンポが目まぐるしく変わり、高い演奏技術が要求される作品であった。
神戸大学大学院人間発達環境学研究科人間発達専攻准教授を経て、現在、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科教授。日本作曲家協議会、日本電子音楽協会、日本音楽学会、作曲家グループTEMPUS NOVUM、邦楽器アンサンブル日本音楽集団各団員・会員。日本管楽芸術学会理事。現代音楽演奏団体Ensemble Contemporary α代表。21世紀の吹奏楽“響宴”会員。なお、中学校・高等学校教諭免許状(音楽)を所有している。
作品の多くは難易度が高く、コンクールの自由曲として取り上げられることは多くないが、編曲作品の『バッハの名による幻想曲とフーガ』はその中で人気作品であり、これまでにこの作品で全国大会に進出した出場団体によって6度金賞受賞している(2025年時点)。
オーバーリアクションでゼミ生を笑わせる一面も存在する。また音楽関連の知識はもちろん、正しい日本語の書き方もゼミ内では徹底的に指導をする。趣味は発芽玄米の成長を見守ること。特技は料理。[要出典]