町田甲一
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- 出生から修学期
1916年、東京府東京市麹町区で日本画家・町田曲江の子として生まれた。東京府立第三中学校で学ぶが、病気のため2年遅れて1936年に卒業。同年、姫路高校に進学。卒業直前の1940年3月に治安維持法違反の疑いで神戸詩人事件に連座して検挙され、18ケ月にわたって拘禁された[1]。1942年、東京帝国大学文学部に入学して美学を専攻した。大学では、児島喜久雄の下で学んだ。1944年に卒業し、その後は同大学大学院に進学。
- 美術史研究者として
1946年からは大学院在籍のまま、長尾美術館へ勤務[2]。しかし、病気悪化のため1949年に退職し、胸部成形手術を受けた。
療養生活の後、1953年に東京教育大学講師に就いた。翌1954年に助教授、1968年に教授昇格。1988年から『奈良六大寺大観』(岩波書店)の刊行が計画されると、編集委員代表として刊行を推進した。建築・美術の写真・解説・文献を可能な限り網羅した本書は、奈良美術史・建築史研究の基本資料となった。1974年、名古屋大学教授となった。1977年に名古屋大学を定年退官し、その後は武蔵野美術大学教授として教鞭をとった。1987年に退任し、名誉教授となった。
受賞・栄典
研究内容・業績
専門は東洋美術で、特に日本古代彫刻史、仏像に関連する彫刻の研究を進めた。『奈良六大寺大観』(全14巻)を進めた功績は大きく、その後の研究の基礎資料となると同時に、編集にあたっては若手を中心とする多くの研究者が集められたという点でも画期的であった。『仏像の美しさに憑かれて』(1986年)など随筆も残した。