太田博太郎
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1912年、東京生まれ。誠之小学校を経て、1932年旧制武蔵高等学校を卒業[2]。この頃から建築史に関心を深め、奈良・京都の古建築に親しんだ[1]。1935年、卒業論文「東大寺南大門の研究」を提出して、東京帝国大学工学部建築学科を卒業した[2]。
1937年、妙成寺国宝建造物修理事務所助手となり、1939年、法隆寺国宝保存工事事務所助手となる[2]。1943年、東京帝国大学助教授に就任[2]。1960年、東京大学教授[2]。1957年、学位論文『中世建築の基礎的研究』を東京大学に提出して工学博士の学位を取得[2][3]。1973年、東京大学定年退官、同大学名誉教授[2]、武蔵野美術大学教授[2]。
1974年、九州芸術工科大学学長となった[2]。1978年から1990年3月まで、第2代武蔵学園長を務めた[2][4]。1997年日本学士院会員に選出された[2][5]。学界では文化財建造物保存技術協会理事長などを歴任した。
2007年、老衰のため東京都内で死去。